011 洞穴の中で
「えっと、フェレ。 まだ着かないのですか、あの、大鎌の少年……少女の家は?」
「もう疲れちゃったの、男の子なのにだらしぃなーい」
「いや、疲れたっていうか、この辺りは、だって――」
フェレリアス様と居住している家から歩くこと40~50分ほどか島の西部、距離はそれほどでもないのだが、周囲は腰の高さ以上に生い茂り行く手を阻む。フェレはといえば、お得意の飛行魔法でプカプカ浮いてこちらを見下ろし、必死に草を掻き分け歩くのを『がんばるのよ~~みはるぅー』と応援するだけ。こっちにも魔法をかけて、一緒に飛んでいけば早いと思うのだが……あまり楽をするために、魔法を要求するのは良くないと思うので、あえてお願いしないが。
ただ、疲れたのはただ茂みを歩いているからでは無い、今向かっている右方向。青葉の茂る先に見えるもの、島の上空を覆うものとは比べ物にならない濃く黒い霧と生き物の気配無く、葉が落ち穢れで灰化した白い倒木が無造作に、地面に刺さるように残るだけ。
「ここが、穢れ、化け物が住むまう穴か」
「そうよ、海晴。あんまり私からあんまり離れると……うふっ」
魔女の営業スマイルともいうべき、含みのある少し不気味な笑みを浮かべるフェレ。もし離れ離れになりでもすれば、一体どうなるか、それは想像するまでもない。少し前を浮かび飛ぶフェレの後、先ほどまでよりも近くに、傍に居られるように必死に茂みを掻き分け歩きを早めた。
そんな化け物の居住する霧の穴の直ぐ傍に住むという、あの大鎌の少年は何者で、一体なんの目的を持って行動しているのか? 全くといって、想像のしようが無かった――
「さぁーー 着いたわ、あの深夜に海晴に挨拶に来る、不届きな大鎌っ子のお家にねっ?」
「ねっ? って、これがお家……住んでる場所ですか? 冗談ですよね?」
「ほんとに、ほんとよ? だって、ほら見てあそこ。あの子が何時も着てる、黒い服干してあるでしょ?」
フェレリアス様は大鎌の少年の居住区だと言い張る場所に着くと、地上に降立ち、周囲を見回した後、目印となるそれを見つけて指を指す。
そのさす方向には、確かに昨夜のあの不審者が身に着けていたと思われる、荒く織られた黒い布きれのようなマントと帽子の様な物が、赤黒いゴツゴツした大きな岩の上に置いてある。近づいて良く見てみれば、洗濯をした後なのか水気を帯びており、風で吹き飛ばないように周囲に落ちている拳大の小石が押えとして布の上に置き、確かに干しているようだ。
「確かに、あの不審者の子のみたいですけど、でも住んでるってここに……家なんて」
「あの子、野生児なのよね、その点だけは凄いわよねーー」
驚いた事は、人が住む家というべき場所は無いのだ。フェレが視線を海側に向ける、そこにあったのは、それこそ雨風から避けられるだけ程度の家、いやもはやそれ以下かもしれない。人の背丈より少し大きな岩を幾つか積み上げて、器用に中に入り込めるようにアーチ状の空間を作った、洞穴と言える物だった。
それは太古の昔、物や道具が何も無かった時代には、こんな原始的な洞穴や地面を掘った場所に住んだと歴史の教科書には載っているのは知っている。だが、幾らここ絶海の孤島とはいえ、多少なりとも人や物が出入りし、魔女の役に立つという条件ならば魔法でそれなりに快適に暮らせるだろうこの島で。
「ほらーーみはるーー。ほらあの子に会うんでしょ、この穴こう見えて意外と中、深いのよ。行きましょ」
少々、衝撃的な光景に立ち尽くしてしまっていると、穴の中へどんどん先に行こうとするフェレ。こんな化け物も出入り自由な場所で置いて行かれたら、即、喰われるに違いない。
「えっと 待って下さい、置いていかないでフェレ」
フェレに追いつき、穴の暗闇で場所を見失い様にフェレの背中の服のリボンをそっと掴む。
「もう、服伸びるでしょ?それに、怖いなら手をつなぐッ。海晴は男の子のなんだから、無理やり握る位の甲斐みせるのよ、もう」
「でも、んーーま、女々しい海晴もかわいいわねっ ふふ~~」
「一人で怒って、嬉しがるのやめて下さいフェレリアス様。しょうがない……しょうがないじゃないですか、命の危険掛かってるんですからッ そうですよ、怖いんですよ」
フェレが取り握ってきたその柔らかい手を、強く握り返し胸に引き寄せる。そして、ゆっくりと周囲にぶつけないように、中へと入っていく。
「これ暗いと思ったら、奥の方は地面に穴を掘ってあるんですね。意外と居住を考えて作られているんですね。といっても、正直に言って、人が住む場所とは思えないですが」
「あの子にとっては快適らしいわよ、って、見てみはる。奥に明かりがあるわ」
地価に潜るとすぐ、大した長さでは無いが部屋の様に三叉にトンネルが分かれ、直進の先の行き止まり。そこにぼんやりと火の玉のように浮かぶオレンジ色の明かりがあって、フェレと一様にその明かりの元へと歩む、すると――」
「これは、手紙ですかね? 」
蝋燭のような何か灰色に濁った油の塊に、枯れて乾燥させた植物の葉を捩って挿した物に火が付けられていた。その火の元の乗る石台の上に、二つ折りされた紙切れの様な物が置かれていて裏面に、フェレリアス様へと宛名が書いてあった。
「んッ、せっかくこっちから挨拶に来たのに……いいわ、読みましょその手紙」
折りたたまれた紙を開き、太陽の光が射さないこの地下で唯一の光源である蝋燭の火に、その手紙を近づけ文面に目を通した。
「どうしたの海晴? 早く読んでみてよーーぉ。もしかして、読めない?」
「えっとその、読めるんですけど、読みたくない無いといいますか――ああっーと、フェレリアス様!?」
なかなか読もうとしないので、ひょいと紙を取り上げ、暗闇でも見通すその冴えた目でフェレリアス様は文面を見てまう。そして、その短い文面を直ぐ見終えて、案の定、その紙切れを周囲の闇の中にブン投げて紛失させるフェレの姿である。
「むううッーーー何よこれェっ!! 『今頃挨拶をと会いに来てるだろうが、生憎僕は忙しい、また夜にしてくれ』って、もうーーーっ何よーーー」
「フェレリアス様の見事に先を読んでますね……」
こんな場所に住んでるとは思えない、達筆というか書道家が書くような立派な楷書で書かれていた。手紙に書かれた様に、見事にこちらの行動を予測していて、フェレリアス様は一杯食わされたと隠すでもなく子供っぽく分かりやすくこの狭い地下道の中で手をブンブン振って。
一方で自分は、この手紙と住んでる環境、あの大鎌……いそいろ想像が膨らんで、あの不審者がより一層謎が膨らみ、不気味に思えていた。