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010 反省

「……フェレリアス様、氷塊をお願いできますか」

「ひょうかい……『』ヒョウカイ』って氷の塊のこと? ふふっ、そんなの朝飯前もちろんできわよッ!」


 朝食を終えだらけた猫のように床で右へ左へと寝返りを打つフェレ。テレビもないこの島では持て余す時間、待ってましたとばかり右手を頭上へと伸ばしながら勢いよく立ち上がると、半開きの瞳になって魔力を指先に集中させた。


『空を漂い 遊ぶ水粒よ 集約し止まりて零下の塊、落ちよ!』


 掲げられた人差し指の切っ先に渦巻くように蒼くきらめく粒が集まり水塊となる。そして一瞬動きを停止下かと思うと脈が走るように冷気が全体に伝わり、凍結氷の塊となって床にドスンッと落ちる。もう少し大きければ床に大穴が開いていただろう、何とか人が抱きかかえ持てそうな大きさの氷塊を形成する。

 

 フェレが魔法で出したその氷塊の上に、無言でそっと人差し指と中指を揃えた右手をあてがい、微かに祓いを込めた浄化の言霊と別の作用を持たせる術式を氷塊に付加した。


「では、フェレリアス様、そこに正座して下さい」

「ん? 構わないけど」


 一瞬な『何で?』と言った様子でのぞきこまれるが、表情を殺し、ただ厳かに床に座るように手の仕草で合図する。フェレはその指示に成すがままに背筋を伸ばし正座し、小動物のような愛くるしさで見上げてくる。


「えっと……スカートはその、ちゃんとして下さい」


 見た目と同様の年頃の女子ならば気にするであろう、座ったときの服の乱れを全く気にする事のないフェレにこっちが恥ずかしくなり指摘する。フェレは『もー海晴ってばーー破廉恥っ』などと、恥じらうこともなく馬鹿にしたように言われる。絶対わざとに違いない。


 人をからかうのが本当に好きである……この性根は、変えないと本人のためにならない。


「ごほんッ いいですか、フェレリアス様いきますよ」

「えっ??」


 そう心を鬼にして。恐れ多くも島最強の魔女の正座したスカートから覗く白い艶めかしい太ももの上に、思い切ってでもゆっくりと冷え切った氷塊を下ろす。だがフェレが逃れないように、足で膝を挟み込み体を密着させながら置く。


「ひゃーんっ、なになに、冷たいーー。何するのよ、みひゃーるーー ひーい」


 今先ほど自分の魔法によって作り出された氷塊を、正座した自分の太ももの上に置かれ、そのひゃっこさに腰や頭をくねくね動かし、胸を抱きかかえて暖を取ろうとするフェレ。立ち上がって逃れようと試みるが、何故だか氷塊が太ももにくっ付いて鎖のように床に繋がれているかの様で身動きが取れないフェレ。


 巫女の力にもこんな実用的な術がある、魔女相手に使ったのはかなり希なことだろうけど。


「無理に動かないで下さいっ、床が抜けますからッ」

「つめーたーいーー ちょっと、本当にどういう――」


「フェレリアス様ッ」


 声を張り上げてしまった自分に、フェレ微動だにする事なく俯いてしばし黙り込む。そして再び今度は口をすぼめ、恐る恐るゆっくりと見上げて『みはる 怒ってる?』と尋ねる。その問いには同じように目線を下に逸らし、首を振って否定する。


「むーーぅ、怒ってるでしょ、その目ッ 紅くなってるよっ」

「……怒ってない ですよフェレ」

「おこってる、海晴っ強情」


 本当に怒っているつもりではないのだ、ただフェレに言われて……島最強の魔女にして、化け物から守護してくれるフェレに対して何をしているんだろう。巫女の力である蒼い目が感情の高ぶりで殺気立つ獣のような紅い目になることがある。清浄なる巫女としては、失格ものだ。


「はぁ……ダメだな。えっと 解除っ」


 氷塊にあてがった時の様に重ねた二本の指を上下に振り払いながら、指通しを離す。高ぶり精神が乱れ穢れの元となる時に、自らを呪縛し清めた氷塊の重さと冷気で心の静けさをとり戻す巫女の鍛錬術の一つ。此れで氷塊にかけたその術式が解け、フェレは自由の身となった。


「ふーーん、別に冷たくないものねーー」

 

 術式が解けたはずだが、見るからに拗ねた様子で氷塊を乗せたままやせ我慢なのか本当に冷たくはないのか、正座したままじっと腕組みを続ける。こうなって機嫌を損ねてしまうと、こっちが謝って許して貰う他にはない。


 とりわけ魔女は気分屋なのだ。自分が一番でないと気がすまない……まあ、謝れば大抵許してくれるので扱いやすいといえばそうなのだが。これでも世界を守っていて、巫女にとっての主であり信仰の対象なのだ。


「ごめんなさい……でも、フェレも悪いですからね」

「ふっ、ふふーのふ~~ 目を赤くして謝る海晴、かわいい~~~」


「……もう一回、氷塊で動けなくしますよ」


 こっちが下手にでると調子に乗ってからかうフェレ。今一度今度は気持ちを済まし、悪しき者を浄化せんとするような冷静で冷たい蒼い目で言葉を吐く。ようやくフェレも真面目な態度になり話が聴ける雰囲気になったので、昨晩の深夜にあった出来事についてフェレに伝え事情を聴くことにした――



「私言ってたわよねーー? 海晴の他にもこの島に住人が居るって、最初に?」

「ええ確かにそうですけど……あれがこの島の住人ですか」


 確かにこの限外島に来る前の事前の説明でも、降立ったすぐ後にもフェレから説明があったことは確かだ。だがこの島に住む住人については、極秘な事で多くの事は説明されなかったし、もし出会い早々に首筋に大鎌を当ててくる住人がいたら……だから来るまでは説明しなかったのか。


「うーん、あれよ。別に隠してた訳じゃないのタイミングがほら。実際見てもらわないとどんな人間か……と言えるかはあれだけど、分からないと思って機会をね~~。変な想像されても困るじゃない? ねーー」


 「ねーーじゃなくて、今最後の方……あの大鎌の少年……本当に人間なんですよね、ね!?」


「もちろん、あの子は元人間よ。性別は……怪しいかもしれないけど」

「元って……それに、性別も分らないですか?」


 確かに全身を覆い隠すように布を身のまとっていて、髪の長さももフードで分からず、ただ自分を『僕』と名乗り、声が男の声だったので男性だと思ったが、まさか女子あのか?

 

 だとしたら、あの腕力と身のこなしは到底人間のものだとは思えない……否、男でも大概以上だが。


「あと他には、人間やめてる子が二人 お手伝いさんみたいな双子がいるわね、そうそう、その子達から、いつも食材貰ってきてるの」


「あぁ……」


 衝撃的な事実を聞いて今、お腹の上辺り、胃がキュッとしまるような不快感がした。いや、別に食材がどうのこうではない、ただ自分の置かれた状況について。

 

「海晴ぅ どうしたの、そんな青白い顔して?」


「やっぱり、この島って、ヤバイ島なんだな、なって、そうだそうですね……」


「気づいた?」


 今更ながら後悔の念で体が石の様に重くなって生気を失うのが分かる、そんなやつれた様子を見てフェレは可笑しくてゲラゲラ下品な笑い声を上げて喜んでいる。やっぱり、魔女というやつは、弱くて自分より遥かに幼い人間をからかって喜ぶ存在なのだ、そうに違いない。魔女の玩具なんだ、自分は。


「だいじょーーぶよ、海晴。この島一番、最強の魔女の私が傍にいるのよ、大船に乗った気で、お役目を果たせばいいのよっ!」


「だから、心配なんじゃないですか」


「もうッ心配性なんだからーー ならまずはあの大鎌っ娘に、会いに行きましょ『フェレリアスに宜しくね!』って、言われたんでしょ」


 普段、穢れた地の浄化の際の護衛の役目では全然やる気がないのに。相反して体も軽く飛び跳ねてリズムを取るように動き回るフェレ。普段から此れ位やる気を……いや、それはそれでうっとうしい気もする。本当に魔女は気分屋で、やっかいな存在である。けれど、だからといって憎めないのが……。

 

「じゃあ、行きましょう、他の住人に挨拶するためにね!」


「全く気が進まないですけどね」


 テーブルの残ったご飯とおかずをかき込み、島最強の魔女と共に家を後にした。

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