第四話 憧れの合作
それからまた数日経ったある日、萌の元に思いもしない相手からメールが来た。ちょうど自宅でパソコンを使っている時に、メールの着信通知が来た。どうせ広告の類だろう。最近はこういうのが多くて見るのも億劫になってしまうが、未読のマークを表示させておくのも嫌だという理由でそのメールを見て、そして固まった……差出人は、香流水流。
小森小春様
先日は、当スペースへお越し下さり、ありがとうございました。頂いた御本を拝読させていただきました。とても読みやすく、登場人物の感情が伝わってくる作品でした。本当にありがとうございます。
お礼と言っては何ですが、何か私にできることがあれば協力させて下さい。と言っても絵を描くことしかできませんが。また何かありましたらお知らせ下さい。
香流水流
萌はメールをわざわざくれたこと、そして絵を描いてくれるという申し出に叫び出したい気分だった。だが、夜ということもあり、ベッドに寝転び、声を殺してゴロゴロとのたうち回った。それほどに嬉しかったのだ。枕を抱きしめて、何を描いてもらおうかと考える。新刊? いや、別のもの? 憧れだったことが叶うという事実に萌は興奮してなかなか寝付けなかった。
翌朝、萌が眠たい目を擦りながら出勤し、メールを確認すると一件のメールが目に付いた。それは広報部が全社員宛に出した、春のキャンペーンのポスターを社内で募集するという旨のメールだった。見た瞬間、香流水流に依頼するのであれば、これだ。と思った。
いくら香流水流が絵を描いてくれると言っても、自創作のイラストをお願いするのはやはり自分には早すぎる。でも、一つの作品を二人で作れたらそれは素晴らしいことだ。キャンペーンのキャッチコピーを自分が考えよう。そして、イラストをお願いしよう。そう決めた。選ばれることが最終目的ではない。もちろん、選ばれたら嬉しいけれど、二人で一つの作品を作る。これに魅力を感じた。
そうと決めたら善は急げ、だ。
まず、キャッチコピーを考える。簡単で、覚えやすいものがいい。あと、すらすらと読めるもの。まずはそれからだ。キャッチコピーが決まったところで、それに合ったイラストのイメージを考え、それを伝える。もちろん、香流水流からの同意がとれたこと前提ではあるが。
いくつかキャッチコピーの候補をあげ、そこから自分のイメージに合ったものを選ぶ。それからまた数日寝かせて選びなおし、これ、というものを一つに絞った。決まったところで萌は香流水流に説明と、改めて依頼のメールを送った。引き受けてくれるか、断られるか。そればかりが気がかりな数日間であったが、香流水流からの回答は引き受けることを承知したものだった。
萌がイラストのイメージを伝えれば、翌々日にはラフが届いた。そこでまた、お互いのイメージのすり合わせをし、お互いが納得のいったところで、香流水流はペン入れ作業に入った。
すり合わせと言っても、そのやり取りは全てメールで行われた。もっと密に連絡が取れるツールが世の中には溢れているというのに、香流水流からの連絡は全てメールだった。年頃の女性であるのに、連絡手段がメールだけというのも違和感がある。とは言え、香流水流ほどの絵師であれば公表している情報以外はなかなか教えられないのかも知れない。と、萌はそう理解した。
ポスターは、後は色のイメージを確認するだけだ。フォントや文字の配置も既に決まっている。初めての二人の合作だ。
そしてとうとう完成した二人の作品を見て、萌はただただ香流水流に感謝をした。自分のイメージをここまで忠実に再現してくれただけでなく、香流水流の意見も取り入れ、世界に一つだけの作品が出来上がった。そのデータを持って、萌は今回の募集にエントリーした。