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第三話 イケメン部長はイケメン部長だった

 楽しかった夏休みも終わり、またいつもの日常が戻ってきた。仕事が始まって数日経ったある日、部内に届いた郵便物の仕分け作業をしていた時だった。


「あれ? こんな名前の人、うちにいたっけ?」


 手にした封筒の宛名は『山田宗太郎』と書かれている。総務部の部長、即ち萌の上司にあたる人物は苗字は『山田』だが、名前は違ったはずだ。


「これ、誰だろ」


 念のため、一年先輩の社員に確認をすると、彼女は「信じられない」といったような表情で萌を見て言った。


「知らないの?」

「え?」

「この人、秘書部の部長さんよ」

「へぇ……苗字が一緒だから間違えて配達されてしまったんでしょうか。後で届けに行って来ます」

「チョイ待ち!」


 それで会話を終えたはずで、萌は次の作業に取り掛かろうとしていた。突然、そんなことを言われて萌は「へ?」と間抜けな返答をしてしまった。


「小日向さんさぁ、本当に山田部長知らないの? すっごいイケメンで有名人なんだけど」


 そう言われてもピンと来なかった。萌は社員のことをほとんど知らない。自部署内であればそれなりには知っているが、他部署についてはほとんど知らない。そもそも興味がなかった。


「すっごいイケメンなんですか」

「そう。誰もが一度は憧れる人よ。なんて言うか、通過儀礼みたいなもん。確か、今年五十になるんだけど、本当にイケメンだし、声も低くて素敵だし、優しいし。誰もが通る道なのに、知らないなんて! 小日向さん、もう二年もいるのに! 一度、そのご尊顔を拝して来なさいよ。絶対に憧れるから!」

 

 その勢いに気圧されて、萌はやりかけの仕事を置いて、郵便を届けるために秘書部に向かった。その山田部長がどんな人かは分からないが、そこまで言うのであれば一度見て置いてもいいかも知れない。そんな失礼なことを考えながら。

 

 萌の会社はセキュリティの関係で各部署の入り口ドアには電子錠がかかっている。六桁の数字をテンキーに入力するのだが、月に一度変わる数字の羅列を覚えるのはいつも苦労する。はて、ここのナンバーは何だったかな……先輩に聞いてくるんだった。と、ドアの前で立ち尽くしていると、背後から声がかかった。


「うちに用事?」


 壮年の男性だった。首にかけられた名札を見れば、山田宗太郎と書かれていた。


「あの、失礼ですが、山田部長ですか?」


 失礼を承知で聞いてみた。それに対し、山田は珍しいものでも見るような顔で萌を見た。


「そうだけど、君、新入社員?」

「いえ、二年目です」

「そう、まぁいいか。で、僕に何か用?」

「これが間違って届いていたので」


 萌は持ってきた山田宗太郎宛ての封書を差し出した。


「あぁ、ありがとう。じゃ」


 山田は器用に数字をテンキーに入力してドアの向こうに消えて行った。その場に残された萌はと言うと……


「あれが、噂の山田部長……確かに、イケメンだ……」


 そして、タイミング的には遅いのだが、誰もが通る道の手前に来ていた。

 自席に戻ると、待ってましたとばかりに先輩がやってきた。


「どうだった? ちゃんと渡せた?」


 本当はそれが聞きたいのではないということはすぐに分かる。顔にそう書いてある。やはりこの手の話、女性は好きなのだ。萌がちょっと違うだけ。


「はい。ちゃんとご本人にお渡ししました。あの、先輩の仰っていた通りでした……」

「でしょ~、イケメンでしょ! あれで五十代なんてさ、他の五十代は何なの? って言いたくなるよね! さすが『独身だったら結婚した男ナンバーワン』よ」

「あ、ご結婚されているんですね」

「も~、小日向さん本当に何にも知らないんだから。お子さんは五人いるそうよ。子煩悩で奥さん思いな素敵な旦那さんて話よ。でも、お子さんも奥さんも幸せよね~、あんな素敵な人がお父さんで、旦那さんだなんて」


 その後も先輩の話は続いた。確かに、五十代であんなイケメンが独身だとは思いづらい。先輩の言う通り、幸せな家庭を築いているのだろう。そして、自分を含め、女子社員達にとっては憧れなのだ。



 その日の帰り道、萌は途中下車をしてある書店に立ち寄った。SNSで何度かやり取りをしたことのある作家さんの作品が単行本になって発売されたのだ。それを購入するために。最寄りの駅近くにも書店はあるが、家とは反対方向であるため、二駅前の書店に行っている。品ぞろえも最寄り駅と比べるといい。お目当ての本が置かれているコーナーで本を探す。新刊ということもあり、それはすぐに見つかった。そして手を伸ばしたところで、反対から伸びて来た手とぶつかりそうになった。


「すいません」


 咄嗟に謝り、手を引っ込めた。相手も同じタイミングで謝罪をし、出した手を引っ込めた。女性向けの本にも関わらず、その声が男性のものであったことに驚き、萌はその人物を見た。


「あっ」

「あ……」


 それは同時だった。そして、その人物が自分が昼間に行き会った人物だったことに更に驚いた。


「いや……これは、その……む、娘に……」


 少しどころではなく、これ以上ないくらいに恥ずかしそうにバツの悪そうな顔をする相手に萌は言った。


「あ、お嬢さんに頼まれたんですね。この作家さん、最近有名ですからね」

「そ、そう、なんだ……」

「私、お先に失礼しますね」

「待って」


 あまり見られたくない現場なのだろう。その場にずっといては迷惑だろうと萌は先にレジに行くことにしたが、それを止められた。


「あのね、このことは……」

「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから。じゃあ、おやすみなさい」


 萌はそう伝えると、その場を後にした。平静を装ってはいたが、心臓はバクバクと鳴っている。まさか、山田部長とこんな形で出くわすなんて思ってもいなかった。あの慌てる姿ですらかっこいいの一言に尽きる。イケメンというのは、何をしてもかっこいいのだ。そんな、普段は決して見せないであろう、あの驚いて慌てる表情を見てしまった。心臓に悪い。だが、山田にも言ったとおり、そのことは自分の中だけに留めておこうと思った。『自分だけが知っている』それは、思わずにやけてしまうようなそんな感覚があった。


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