76 怒り爆発
イリーガルの通り名『知の賢者』とは、ヴァレンティーノ王国内で3人しか名乗ることができない『賢者』という称号、その中でも魔術の知識に最も長けた者を指す。
現在はイリーガルが魔皇教団の教祖と判明したため、その称号は剥奪されて別の人が知の賢者となっている。しかし、当時のイリーガルの存在があまりにも大きいために今でもイリーガルを知の賢者と呼ぶ者もいるという。
イリーガルの年齢は推定70後半から80前半くらいだと言われているが、その実力はまだまだ健在と見ていいだろう。
リリーが説明を終える。
「なるほど、もしかしてイリーガルって人はすごく強い?」
セレーナが気づいてしまったと、神妙な表情で聞いてくる。
「単体での戦闘では『武の賢者』が、兵力では『権の賢者』が勝るとされていますが、厄介さで言えば幅広い魔法で戦える教祖イリーガルが一番だと思います」
「そうなんだ!」
「ただ、ユーリ様と比べてしまうと……」
「あぁ……」
リリーとセレーナがそろって俺を見る。
「何で、俺を見る! 確かに、魔法で負けるつもりはないけどさ!」
よくわからない言い訳をしてしまう。
「勝ち負けの次元ではないような……」
「もちろん、わたしはユーリくんが一番だと思ってるよ!」
「あたりまえ。ユーリは最強規格外理不尽魔術師」
〈主はアミナス様のお気に入りじゃからの〉
「各々の俺に対する認識がよくわかったよ……」
アカネが珍しく発言したと思ったら「思いついた単語をつなげてみた!」的な言葉が飛び出してきた。
ついでに師匠も参加してるし。
とりあえず、みんなが俺を強いと思ってくれていることは伝わってきたよ。
「話を戻すよ。今後の方針としてはまず、魔皇教団の根城を探す。そして、テーレ及びイリーガル、その他教団員を制圧する。もしもテーレが別の場所に逃亡していた場合は、手がかりを集めて再び捜索する。これでいいか?」
「うん!」
「はい!」
「ん」
〈うむ〉
みんなの了承を得られたので作戦会議は終了。
俺たちはリーキ総合管理基地に戻ることにした。
***
「それでは失礼いたします」
「王女殿下はお疲れのようですな。今日はゆっくりとお休みになられるとよいですぞ」
バタン。市長室の扉が閉まる。
市長室を出た私は、そのまま自室に行くことにした。
このままだとフツフツと煮たる何かが表に出てしまいそうだった。
職員の方に案内してもらい、部屋に辿り着く。
近衛騎士団の皆さんは部屋の外で待機するように指示し、部屋の中に入る。
スチュワードも部屋に入ってきたが、いつものことなので気にしない。
やっと……解放できるッ!
「……スチュワード。いつもの」
「畏まりました、殿下」
スチュワードが詠唱をして、結界魔法を使う。
防音の結界だ。
私は大きく息を吸い込み、そして怒りのすべてを吐き出した。
「あの――クソ○○○○野郎ッ! 何様のつもりよ! クソクソクソ! 無駄な宝石ばかり見せびらかして、貴族の嗜みがどうたらと、王族の私に語るとはいい度胸してるわね! いくら儲かっているからって、露骨だし、下品よ! 大切なのは貴重品じゃなくて、民が豊かに暮らせているかでしょ! 常に私服を肥やすことしか考えていない。だからあのクソ野郎は大っ嫌いなのよ!」
更にわぁーっと私は感情のままにぶちまける。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「殿下、落ち着かれましたか?」
「えぇ……だいぶスッキリしたわ。ありがとう」
しばらくして、落ち着いた私は近くにあった椅子に腰掛ける。
ここまで怒りが爆発したのは久しぶりだった。
「殿下、お茶をご用意しましたが召し上がれますか?」
「えぇ、いただくわ」
スチュワードからお茶を受け取り一口。
一呼吸つくと、かなり落ち着けた。
「思い出すだけでムカムカするけれど、しばらくはここに滞在できそうね」
「はい」
「それにあの市長も魔皇教団をどうにかしたいのは同じようだから、こちらとしても動きやすくて幸いだわ。さて、これからどうしたものかしら?」
「ユーリ様をお呼びしますか?」
その名前を聞いて、ムカムカしていた感情が急に吹き飛び、頬が紅潮するのがわかる。
しかし、冷静に考えるとユーリ様を私の元に縛り付けるのは違う気がする。
「その必要はないわ。ユーリ様には自由に動いていただいた方がいい気がするの。スチュワードも見たでしょ? あの圧倒的な魔法……神業の数々を」
「はい。異次元としか言いようがありませんでした。根本から我々魔術師と違うと思い知らされました」
「スチュワードがそこまで言うなんて、本当にユーリ様は――特別な人なのね。もしかしたら『三賢者』を超える存在なのかも……」
「すでに超えていると、私は思います。それほどまでにユーリ様は魔法に愛されておられる」
そう言ったスチュワードの表情が意外だった。
嫉みや羨望とは違う、どこかお伽話を読む子供のような幼い憧憬にも似たなにか。
初めて見た表情だった。
「殿下、我々はどのように動きますか?」
「そうね。まずは、情報を集めましょう。できるだけ幅広い市民に聞いてちょうだい。あと、不平不満の声もしっかりと聞き入れるように、ね」
「畏まりました」
スチュワードは一礼すると部屋を出る。
きっと隊長さんに私の言葉を伝えてくれるのでしょう。
こういうときに、すぐに動いてくれるからいつも助かっている。
私がわがままを言い過ぎているときもあるけれど、何だかんだ助けてくれるスチュワードには感謝している。
たまには労わないとね。
「さて、私もできることを頑張りますか」
読んでいただきありがとうございます!!