73 牙鯨
「うわ!」
「なんだ! あの魔獣は!?」
襲撃してきた鯨もどきの魔獣に兵士たちは驚く。
しかし、すぐに戦闘態勢へ移行できているところを見ると、さすが王族を守る近衛騎士団だ。
鯨もどき魔獣は上体を水面から浮かべ、こちらの様子を見ている。
初めて見る魔獣だ。鯨っぽいフォルムだが動きはイルカのように軽やかで、素早い印象に見える。
まぁ、そもそも鯨とイルカの違いは大きさだけらしいからそこは問題ない。
仮に牙鯨と呼ぶとして、階級は魔獣避けの結界を掻い潜ってきたことを考えると最上級の可能性が高いな。
魔力から見てもそうだろう。
だが、直前まで魔力の気配がなかったということは……何者かに転移系の魔法を使われたか。
テーレか? いや、まだこの規模の魔法が使えるほど回復はしていないはず。
となると、龍帝国が仕掛けてきたのか?
でも、なぜこのタイミングで?
……今考えても仕方がないか。まずは目の前の牙鯨を倒す。
「アカネ」
「わかった」
アカネは頷くと、すぐに牙鯨へ向かって転移魔法で転移する。
さすが相棒だ。俺の考えを読み取って指示を出さなくても動いてくれる。
「ユーリくん!」
「ユーリ様!」
セレーナとリリーが俺を呼ぶ。
二人も力になりたいと目で訴えている。
「セレーナとリリーは王女様のそばにいて、守ってくれ」
「うん!」
「はい!」
力強い返事を二人が返してくれる。
非常事態でもパニックにならず、落ち着いて対応してくれる二人に安心する。
「さて、ちゃっちゃと終わらせよう」
アカネが牙鯨を引きつけてくれている間に魔法を展開する。
まずは動きを止める。
アカネとタイミングを合わせ、アカネが上空に飛ぶのを牙鯨が追いかけるその瞬間に氷魔法を発動。
体が浮いた牙鯨をそのまま水しぶきごと凍らせる。
〈ユーリ。コイツ、硬い〉
〈やっぱりか。でも、貫けないわけじゃないよな〉
龍剣を鞘から抜き、牙鯨に向けて突きの姿勢で構える。
使うのは光魔法。
魔力の流れを剣先に集中させ、魔方陣を展開。
橋の作成に使った氷魔法のときとは違って、魔方陣の大きさは大人一人分程度だ。
しかし、それを牙鯨に向かって何重にも展開していく。
最終的に魔方陣は牙鯨に到達する。
「貫け――――」『グングニル・レイ』
魔法が発動する。
剣先にある魔方陣が光り輝くと、その輝きが次の魔方陣へ連鎖していく。
最後の魔方陣が輝いた瞬間、龍剣から一直線に光が牙鯨を硬い鱗ごと貫いた。
「ホォォォオオオオン……」
大きな叫び声とともに氷が弾け、牙鯨は力を失って川に落下する。
大きな水しぶきが上がる。
牙鯨を倒した。
亡骸はあとでどうにかするとして、今は安全と安否確認が先だな。
視線を動かすと、アカネが近くに戻ってきた。
「お疲れ様。さすが俺の相棒だ」
「ん。当然」
そう言いつつ、やや口角を上げてアカネは嬉しそうにしている。
セレーナとリリーは……王女様と一緒にいるな。
兵士の人たちも怪我はなさそうだ。
全体の確認を終え、すこし安心する。
だが、まだ油断はできない。
敵の目的がわからない以上、次の襲撃がないとも限らないからだ。
「アカネ」
「周囲の警戒、でしょ」
そう言って転移魔法でサクっと転移するアカネ。
察しが良すぎて怖いくらいだが、頼もしい。
俺も探索魔法と魔力感知などを使い周囲の警戒をする。
先ほどの牙鯨のような魔獣の気配は今のところ感じられない。
たった一度の襲撃で終わりなのか?
「ひとまず、警戒しながら前に進むしかないか」
王女様やスチュワードさん、隊長さんと相談してこのまま進行することが決まる。
俺は先行し周囲の警戒を続けた。
幸いなのか、牙鯨以降で敵の襲撃はなく被害はゼロのまま橋を渡ることができた。
ポッロ川を渡れば、リーキまではあと少しだ。
俺たちはリーキを目指して再び出発した。
***
「つよっー! なにアイツ!? つよすぎない?」
「だから言った……あの魔術師……強い」
ユーリたちが渡った橋から一番近い橋の上で、二人の龍人が喋っていた。
わざとらしく驚いたような仕草で騒いでいる龍人は、人族でいう10才ほどの子供っぽい体型で、白を基調とした軍服と丈の短いスカートを着ている。
茶髪のショートボブの頭にはコブのような小さな角が5つと背中には小さな翼がある。橙色の瞳はパッチリつぶらで、あどけなさを感じるが彼女は立派な成龍した龍人である。
もう一人の龍人は黒と紫が混ざったサラサラとしたショートヘアに、黄色の鋭い2本の角、大きな紫黒色の翼がある。黒を基調とした軍服を着ていて、青年くらいの見た目をしている。
紫眼の彼は一度ユーリと対峙したことがあった。パンプキンで岩龍を暴れさせたときのことを思い出しておもわず拳に力が入る。
あの時は分身を使っていたとは言え、一方的にやられてしまったことを根に持っているのであった。
「ファングホエールって最上級だよ? それを一撃かよー」
「魔力量が違う……あの魔法は異常……」
「それっ! あんな魔法、ありえないし! でも……」
橙眼の龍人は口元を両手で隠して笑う。
「ニシシっ、ワタシのとっておきがあるもんね!」
「アレを……使うのか……?」
「もちろん! ルインからも許可はもらったしー」
あどけない顔で悪い表情を見せる橙眼の龍人は、小さな翼をパタパタさせて興奮気味になる。
そんな橙眼の龍人を見て、紫眼の龍人は目的を忘れていないか少し心配になる。
「見てろよー! つよつよ魔術師はワタシが倒してやるからな!」
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