70 ティータイム
エプレ王女を乗せた馬車を護衛する兵士。
彼らは王国でも取り分け優秀な兵団である近衛騎士団に所属する兵士だ。
全50名からなる近衛騎士団はヴァレンティーノ王家を守護する兵隊で、その強さは兵士全員が上級冒険者と同等だと言われるほどである。
下級魔獣ではまず苦戦しない。中級魔獣とも単騎で戦闘を可能とする。
その兵士たちが少し騒々しかった。
「なぁ、おかしくないか?」
「お前もそう思うか」
「あぁ、この辺りまで来たのにイエローウルフを1匹も見ていない」
「俺もだ。こんなことあったか?」
イエローウルフはコーン平野をナワバリとする下級魔獣だ。体毛がコーン草に似た黄色で、コーン草の中に隠れて狩りをしている。
何も知らずに通った旅人や行商人を襲うことで有名だ。
「隊長、少し気になることが」
「何だ?」
「先ほどからイエローウルフを1匹も見ていません。おかしくありませんか?」
「お前も気がついていたか」
先頭を歩いていた兵士が、馬車の前を歩く隊長のもとまで駆け寄ると小声で話しかけた。
隊長は落ち着いた様子で周囲を確かめる。
「……気配すら感じないな。まるで我々を避けているような気すらしてしまう」
「何名かで探索に向かいましょうか?」
「そうだな。お前とジャック、それとトーマスで向かえ。指揮はお前に任せる。無茶だけはするなよ」
「はっ!」
探索を任された兵士はそのまま二人の仲間を連れて先へ進む。
「それにしても、あの魔術師たちは……大丈夫なのか?」
隊長は馬車の後ろを歩いているだろうエプレ殿下の協力者のことを考え、神妙な面持ちとなる。
相当腕の立つ魔術師だと聞いていた隊長は、ユーリのまだあどけなさが残る顔つきを見てどうにも信じきれていなかった。
「ッ!」
そのとき、背筋を凍りつかせるような殺気をかすかに感じ取った隊長。
殺気は一瞬で、部下の兵士たちは気がついていない様子だ。
隊長自身も勘違いだと思いたくなるほど刹那の時間だったが、その殺気の圧は今まで感じたことがないような恐ろしいものだった。
ただ不思議なのは殺気が馬車や兵士に向けられたものではなく、この周囲に対してだったと隊長は思い返す。
殺気を放ったものの正体も、その位置も一瞬のことで把握はできなかったと隊長は眉間にシワを寄せて危機感を感じる。
「ひとまずスチュワード殿に報告しなければな……」
隊長は馬車に近づく前にチラリとユーリたちを見る。
「やはり魔術師も気がついていないな」
部下と同じく殺気に気がついていないどころか、和気あいあいと会話を楽しんでいる様子の魔術師たちを見て隊長は内心がっかりしていた。
さほど期待はしていなかったが、もしかしたらという気持ちがなかったわけではない。
自身でも把握しきれていない殺気を、魔術師である少年が察知することを望むのは酷なことだと隊長は考えを改める。
しかし、隊長は知らない。
この殺気の正体が、魔獣を追い払うためにユーリが放ったものだと。
まして、広範囲に魔獣避けの結界を張っていることなど、ユーリたち4人を除き誰一人知ることはないだろう。
***
俺たちはコーン平野を難なく抜け、オニオン山道の入口まで辿り着いた。
途中、護衛の兵士が慌ただしくしていたが、魔獣は近づかせていないので問題はないだろう。
兵士たちを見ていると、隊長のハリーさんが話はじめた。
「まだ日没まで早いが、ここで野営をする。各自、準備に取りかかれ」
『はっ!』
ハリー隊長の指示により、兵士たちはテキパキと野営の準備を始める。
空を見上げると、太陽はだいぶ傾いているがまだまだ明るい。
しかし、このタイミングで山道を歩き始めると確実に山の中で野営をすることになる。
そうなると見晴らしの悪い中、夜を越すこととなり魔獣などの動きが確認しづらく危険だ。
それならば見晴らしのよいこの場所で野営をするほうがまだ安全というわけだ。
「ユーリ様」
少し離れたところで野営の準備をする兵士たちの様子を見学していると、王女様がこちらにやってきた。
「これはテーブルとイスですか……? 今朝お話したときにはお持ちではなかったような……」
「土魔法で作ったものです」
「これほど精密なものを土魔法で……」
王女様は俺たちが座るイスとテーブルをまじまじと見て驚く。
精密というほど複雑な形ではないと思うけど、色を白くしたのと表面をツルツルにしたのはこだわりポイントかな。
「よかったら王女様も座りますか?」
新たなイスを土魔法で創り、王女様に席を勧める。
「本当に土魔法で……ありがとうございます。失礼いたしますね」
「はい、どうぞ」
王女様はイスをぺたぺたと何度か触って驚きと興奮が混ざり合った表情を見せてから、満足したようにイスに座る。
円形のテーブルを5人で囲う。
俺の左から順にセレーナ、リリー、アカネ、そして王女様。
セレーナは王女様の登場にニコニコと笑顔を見せ、話したそうにしている。
リリーはわかりやすいくらい緊張した面持ち。
アカネは隣に来た王女様を一瞬見て、やや不満顔になる。アカネの人見知りも相変わらずだな……。
「ユーリくん! 王女様が来てくれたし、お茶にしよ?」
「そうだね」
「それなら、スチュワードにお茶の用意を……」
「大丈夫ですよ。少し待っていてくださいね」
空間魔法を使い別空間の倉庫から茶葉を取り出す。
それと同時に水魔法で水球を創り出し、火魔法で沸騰させる。
そこに適量の茶葉を入れ、風魔法で包み込む。
そのまま1分。
土魔法と火魔法の応用でティーカップを創り、そこに完成した紅茶を注いでいく。
「すごい……複数の魔法をこんに精密に、それに詠唱をしていない……!?」
王女様は開いた口が塞がらない状態のまま、紅茶を見つめている。
「どうぞ。魔法で淹れた紅茶です」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
ついでに空間魔法でクッキーなどのお茶菓子もテーブルの上に並べておく。
王女様がカップに口をつけ、ゆっくりと紅茶を味わう。
「美味しい……! 魔法で淹れただけでも特別なのに、風味まで格別だなんて」
「喜んでいただけて嬉しいです」
「やっぱりユーリくんが淹れてくれる紅茶は美味しいっ」
「さすがユーリ様です!」
「クッキーもっとちょうだい」
みんな喜んでくれてよかった。
アカネはクッキー食べすぎ。
紅茶とお菓子を楽しみながら会話を弾ませ、そうして俺たちはちょっぴり優雅なティータイムを過ごしたのであった。
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