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57 キャロットの危機

 誠に申し訳ございません……生きております。

「ユーリくん!」


 アカネたちのもとまで転移をすると、へたり込んで座っていたセレーナが俺を見て顔を明るくさせる。


 そのすぐ側にはアカネがいつも通り無愛想な顔で佇んでいた。


「ユーリ様! あの強大な魔獣が突然いなくなってしまいましたけど……」


 不安そうな顔でリリーが俺のもとまでやってきて、巨花竜が先ほどまでいた場所を指差す。


「あぁ、そのことを話しに来たんだ」


 リリーの頭に手を乗せ、セレーナ、アカネの順に顔を見る。


 安心させる意味で軽くリリーの頭をポン、ポンと撫でると、リリーは頬を緩め笑顔を見せる。


「アカネたちのところにはそこに寝ている冒険者が襲ってきたと思うけど、俺のところにもテーレがきた」


「えっ!」


「……テーレは?」


 驚くセレーナ、反対に冷静なアカネが話を進める。


「逃げられた。気を失うと転移するように魔法を仕込んでいたみたいだ。それと同時に巨花竜も転移するように仕掛けられていた」


「それで巨花竜が転移した?」


「そう。場所はあそこだ」


 俺がキャロット上空を指差すと、3人は揃ってその方向を見る。


「えっ」


「そ、空にいますよ!?」


「……」


 巨花竜は隕石の如くキャロットを目掛けて吸い込まれるように落下して見える。


 キャロットに巨花竜が落ちれば間違いなく都市は壊滅的な状態になるだろう。最悪な場合、巨花竜の魔力が暴発してキャロットが消し飛ぶ可能性もある。


「ユーリくん、どうするの?」


「巨花竜を消し去る」


「消し去るって、そんなこと可能なんですか?」


 半信半疑な表情でリリーが聞く。


「できる。簡単ではないけど、やるしかない」


 確かに人の力ではどうこうするなど不可能と言っても過言ではない。だけど、俺たちには魔法がある。


 魔法は不可能を可能にする力だ。


 どんなに困難でも、どんなに絶望的な状況でも、諦めなければ魔法は力に変わる。


「アカネ、俺が魔法を使うときキャロットに結界を張ってくれ」


「ん、任せて」


 失敗する気はないが、万が一巨花竜の魔力が暴発してしまったら即座にキャロット全体を守る結界を展開するのは難しい。


 それならばアカネに結界を頼み、全力で巨花竜を消し去ることに集中する。


 それならアレを使おう。


〈師匠、いけますか?〉


〈……ムニャムニャ、む? 妾の出番か?〉


 この人、寝てたな。出番が少ないから、最近やる気なくして寝てることが多いんだよね……。


〈そうです。()の力を使います〉


〈むむっ! 時が来たのじゃな!〉


 刀剣状態の師匠が震えて嬉しそうに騒ぐ。


 俺はそんな師匠の柄を握って魔力のコントロールに集中する。


龍纏(りゅうまとい)・天!』


 そう言い放ちながら刀身を抜く。刀身は抜いた先から金の花びらへと変わって舞い散る。


 金の花びらは俺を中心に渦を巻き一瞬にして消える。


 そして俺の装備は深海のような紺色のローブから、晴天に浮かぶ雲のような白い和装に身に纏う。


 下の袴は白に近い灰色で、上も下も金の刺繍が施されている。胸や腕、袴の白銀のプレートが太陽に照らされて輝く。


「ユーリくん、カッコイイ!」


「ユーリ様! そ、それはどんな魔法なのですかっ!」


 セレーナの熱い眼差しとリリーのキラキラとした目が俺に集中する。


 この『龍纏・天』とは、師匠である龍剣ノワールロワの能力『龍纏』を強化した力だ。


 龍纏は魔力を消耗する代わりに大抵の魔法を無効化するというとんでもない防御性能を有している。それを変質させ、攻撃特化にさせたのが龍纏・天だ。


 能力は魔法威力の増幅。


 単純にして、俺にピッタリな力だとも言える。


 防御性能がなくなる代わりに、魔法の威力を極限まで高めることができるというわけだ。


 まぁ少し派手なのが難点だけど……。


「時間もあまり残されていない。早速キャロットへ戻ろう」


「うん!」


「はいです!」


「んっ」




 ***




「お母さん……あれ、ナニ?」


「ん? ……えっ、嘘」


 赤いリボンが似合う幼い少女が空を見上げて指を差す。


 その先にあるものを見た少女の母親はあまりの光景に絶句する。


 居住区の大通りを行き交う人々は皆一斉に足を止めた。


 地面には大きな影が現れ、それは次第に大きさを増す。明るかったはずの空はソレによって暗くなる一方だった。


「――きゃぁぁぁああああ!」


 誰かの叫び声を皮切りに、ただ呆然と空を見上げていた人々は都市の外へ向かって我先と逃げ始めた。


 混乱と恐怖、絶望的な状況に秩序は狂い、賑やかだったキャロットの都市は悲惨そのものへと変わってしまう。


 子供が泣き叫ぶ声があちらこちらで聞こえる。怒号と罵声が激しく飛び交う。


 死にたくないという気持ちが思いやり、優しさを忘れさせる。


 次第に乱闘が起こり、怪我人が現れ始めた。



『――――おやめなさい!』



 キャロット全体に凛として力のある声が響き渡る。


(わたくし)はヴァレンティーノ王国第二王女エプレ・ヴァレンティーノ。緊急事態につき、非常放送を流しています』


 我を忘れていた市民が皆、足を止めて放送に耳を傾ける。


『市民の皆様もご存知の通り、キャロット上空に突如巨大飛来物が現れました。この都市に墜落するのは時間の問題です』


 市民は現実を突きつけられ、再び絶望する。嘆き、俯き、涙を零す。


『だからと言って、我を失い、争うことが許されるわけではありません! こんな時だからこそ、皆が手を取り合って助け合わなければならないのです。前を向きなさい。あなたの目の前に助けを求めている者はいませんか? 泣いている者はいませんか? あなたが皆の希望となるのです! どうか皆、諦めないで……』


 切願とも思えるその言葉は、市民の心深くに浸透するように伝わっていく。


 市民の顔は皆、明らかに変わっていた。


「これから我々、行政局員が誘導します! 市民の皆様は局員の誘導に従ってください!」


 キャロットの至る所で行政局の職員が声を張って誘導を始める。行政局とは市長をトップに都市の運営をする組織のことだ。


 市民は局員に反発することなく誘導に従う。


 これはエプレの放送が市民の心を変えたのだ。




 市長塔放送室。


「姫様、もう時間がありません」


「えぇ、わかっているわ」


 スチュワードが催促する。


 しかし、外の状況が気になり私は窓から離れることができない。


 放送室の窓から行政局員の誘導に従って避難するキャロット市民の姿が見る。


 よかった。混乱はひとまず落ち着いたようね……。


 安心するのは早いかもしれない。けれど、騒動の直後のことを思い出すと、安堵してしまうのもしょうがないと思う。


 騒動を知り、宿から馬車を急いで出したはいいけれど、その道中で見た光景は悲惨としかいいようがなかった。


 市長塔にたどり着き、気がつけば放送を流していた。


「殿下! お急ぎくださいませ! 御身に何かあっては私は……」


 市長が息を切らせて放送室に入ってくる。


 事態の収集に努めていたであろう市長は、私の放送を聞き、急いでここまで来たのだろう。


「勝手な真似をしたことはお詫びいたします。そして、市民への迅速な対応に感謝いたします」


「勿体なきお言葉でございます……殿下の声が皆の心を変えて下さったのです。何とお礼申し上げたらいいのか……感謝の言葉もございません」


 市長は片膝をつき、頭を垂れ、深く深く感謝する。


「姫様」


「……そうね。もう行くわ」


「非常通路を開放しております。殿下、こちらへ」


 市長とスチュワードが扉を開ける。


 最後に私は窓の外を見る。


 人?


 市民は避難しているはずなのに、目の前の建物の屋上に人影が見えた。


「姫様」


「殿下っ」


「わかっているわ……でも、人影が」


 よく観察したい気持ちが込み上げてくるが、それをスチュワードがよしとしない。


「市民は皆、避難しています」


 もう一度、窓を覗くとそこには人影なかった。


「そう……よね」


 私の見間違い。


 でも、白い変わった服を着た人が見えた気がした。


 モヤモヤとした気持ちを抱きながら私は放送室を後にする。


 出口へ向かって馬車が走る。


 中央区に人気はなくなっていた。


 馬車の窓から外を見る。


 そこには、先ほどよりもさらに大きく見える飛来物があった。


 表情が険しくなる。


 そんな時だった。全身が震えるような目に見えない圧力を感じる。


 スチュワードを見ると、その表情は今までに見たことがないほど緊張感を帯びていた。


 何が起きようとしているの?


 窓を開け、上空を見る。


 そこには私にも可視できるほど濃密な魔力の塊と、規格外と言わざるを得ないほど巨大な魔法陣が展開されていた。

 読んで頂きありがとうございます!!


 更新を大変お待たせしてしまい申し訳ありません……。

 自身の環境の変化等もありまして……今年最後の最後に更新となってしまいました。

 新年からは新たな気持ちで頑張りたいと思います!

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