23 告白・続
俺は再びセレーナを見る。
絹のように柔らかで艶のある白縹色の髪をなびかせ、透き通った青い瞳が俺を吸い込むように惹きつける。
これ以上見つめていたら自分を抑えきれないような気がして、俺はさりげなく目を逸らす。
何で……気持ちを切り替えただけなのに、何でこんなに心臓がバクバクするんだ!?
戦う時とは違う緊張感がある。
「ユーリくん」
「え、あ、何?」
突然名前を呼ばれて変な返事をしてしまう。
緊張し過ぎだろ、俺!
「無理しなくてもいいよ」
「え……」
「何かわたしに話したいことがあるんでしょ?」
その言葉に俺はすっかり緊張も忘れ、セレーナを見ていた。
セレーナは微笑みとは違う、優しい表情で言葉を続ける。
「ユーリくんのペースでいい。わたしはいつまでも待ってるから」
それはほんの一瞬。
きっと本人でさえ気がついていない。
セレーナの顔が寂しそうに見えた。
『……だから、無理しなくてもいいよ』
「……がう」
「え?」
「違う」
俺は怒りを感じた。腹立たしい。
本当に馬鹿だ。阿保だ。大馬鹿野郎だ。
自分が情け無さ過ぎて腹が立つ。
「ごめん、場所を変えるよ」
俺はセレーナの手を掴む。
「ユーリくん!?」
セレーナは驚いていた。
でも、俺は強引に転移魔法を使う。
魔法陣が俺たちを転移させるのは一瞬のことだった。
そこはどこにでもある森の中。
俺たちより数倍大きな木が並び、太陽の光が程よく差し込む場所。
集落から少し離れているため、ここには魔獣だっているだろう。例えばブラックウルフとか。
「ここは?」
セレーナは突然連れて来られたはずなのに、怒りもせず俺に聞く。
「ここは……俺が始めてこの世界に来て最初にいた場所」
言葉通り『人生』が変わった場所。
転生し、何故か赤ん坊になっていた。
この世界に来て色々あったけど、全てはここから始まったんだ。
今までちゃんと言えなかった。
いや、言おうとしていなかった。
今ならわかる。俺は怖かったんだ。
転生者であることで拒絶されてしまうことが怖かった。
だけど、セレーナのあんな顔はもう見たくない。
言え、言うんだ。
『俺は、別の世界から転生してきた転生者なんだ』
セレーナの顔が見れない。
言葉が口から離れていった途端、さっきまで俺を奮い立たせていたものは消え去ってしまう。
急に自分が小さく感じられた。
セレーナはどう思ったかな。
いつもならすぐに聞けることも、今は恐ろしい言葉のように思える。
体が鉛のように重い。
振り返ればすぐそこにセレーナがいるのに。
沈黙というほどの時間が経っていないはずなのに、俺は時が止まっているようなくらい流れる時間が遅い気がした。
「ありがとう」
セレーナが俺を抱き締める。
背中を優しく包み込む温かさにあれほど重かった体は嘘のように軽く感じた。
「話してくれてありがとう」
セレーナはただそれだけ言って、少し強く俺のことを抱き締める。
目が霞む。
幸いセレーナは背中だ。顔は見えないよね。
溢れるものを堪え続けるなんてことはできず、俺の目から涙が零れ落ちた。
どれくらいかわならないけど、しばらく俺たちはそのままでいた。
でも次第に気持ちが落ち着くと、セレーナばかりが抱き締めているのもずるいような気がして俺も抱き締め返す。
率直に言って幸せな時間を過ごした。
気がつけば太陽が地平へと近づいている。
もうすぐ夕暮れだ。
そうだ、あの場所へ行こう。
「セレーナに見せたい場所があるんだけど、また移動してもいいかな?」
「うんっ」
抱きつくセレーナに確認して、俺は転移魔法を使う。
そして瞬きをするよりも速く俺たちは目的の場所へと転移した。
「ここは?」
ここは『終わりなき森』最深層の休息地に存在する湖だ。大きさは集落の4分の1くらいだろう。
湖を囲う光る木々が水面を照らして幻想的な景色をつくりだす。
セレーナにそのことを説明すると、すごく嬉しそうに「ここにユーリくんがいたんだ……」と呟いていた。
「綺麗な場所だね」
「うん、でもこれからが本番なんだ」
「どういうこと?」
「それは湖を見てて」
俺は疑問顔のセレーナを見てニヤついてしまう。
ここからは見えないが太陽が沈み始めたその時、湖にも変化が起こり始める。
湖を囲う木々が、奥から徐々に光を失っていくのだ。
「あれ、木が……」
それは太陽が沈むのと合わせて湖へと迫る。
「折角だから湖の真ん中に行こうか」
俺はセレーナの手を取り、飛翔魔法で湖の真ん中へ移動する。
セレーナはおっかなびっくりといった様子で水面を見ていた。
セレーナも飛龍系の龍人だから飛翔魔法は使えると思うけど、人化状態だとまだ難しいのかな?
ちなみに母さんも飛龍系の龍人だ。
飛龍系の他に地龍系、海龍系といるんだけどその話は今はいいか。
そんなこんなでそれは始まった。
湖を囲う木々はすべて光を失う。
そして、水面からクリスタルのように透明な花の蕾がいくつも浮かび上がる。
黄昏時。
日没直後のわずかな時間、その時にだけ咲く花がある。
「あ――――」
クリスタルのように透明だった蕾は、今この瞬間だけ花を開き西の空のような黄昏色を宿す。
湖にもう一つの空が現れたような不思議な光景がそこにはあった。
「この花は黄昏花っていう花で花言葉は――――」
『永遠』
「でしょ?」
俺とセレーナの声が被り、セレーナはニコッと笑う。
知ってたか。
俺は照れ臭くなって笑ってごまかす。
この場合に限っては「ずっと一緒にいたい」って意味になるんだけど……。
「セレーナ」
俺はもう一つの大事な話を伝える。
「調査班のことなんだけど……」
「森の外に行くんでしょ?」
「何で知ってるの!?」
「何となくわかるよ。でも、本当にそうなんだね……」
セレーナがすでにわかっていたことに驚きつつも、また不安そうに落ちていく声が耳に残る。
今すぐ安心させたい。
だけど、生半可な言葉じゃダメだ。
もう気持ちは決まってる。
散々迷って、誤魔化し続けていたけど、それは俺らしくない。
障害があるなら魔法で乗り越える。
今の俺には魔法がある。
何より俺にはセレーナが必要なんだ。
だから伝えよう。俺の気持ちを。
『俺の隣にずっと居てくれセレーナ! どんな時も、どんな場所にいても! 俺にはセレーナが必要なんだ!』
啜り泣く声が聞こえる。
ポチャン、ポチャンと水面を打つ音が響く。
俺は不安になる。
また泣かせてしまった。そのことが頭の中をめぐる。
でもそれは結果から言えば杞憂だった。
「あたりまえだよっ」
涙が止まらないセレーナは腕で何度も拭いながら、それでも俺に伝えようと言葉を紡ぐ。
『わたしだってユーリくんの隣じゃなきゃいやだよ! ユーリくんとずっと一緒にいたいよ! わたしにはユーリくんが必要なの!』
あぁ、俺は間違ってた。
この気持ちは俺だけのものじゃない。
俺たち2人のものだ。
すごく待たせちゃったけど、そんな前置きを置かないと2度目は少し恥ずかしくて言えそうになかった。
『結婚しよう』
『うんっ』
読んで頂きありがとうございます!!
遅くなってしまい申し訳ありませんっ!
もう一度入院とかではないです!
作者は元気です。ただ色々とやっていましたら……(言い訳をするんじゃねぇ!)……次話、頑張ります。