アリスが模擬戦に参加することのあれやこれ
扉が閉まるとアリスの顔がパッと花開く。
「で、俺に何の用があるんだ?」
アリスは一瞬考えるそぶりをした後、キッと睨みつけてくる
「用しかないわよ!」
休暇明けの初めての会話だというのに、いつもの様子を見て、辟易する。
時間もまだ早いし他に誰もいないので、つきあってあげても良いかと思った、ついさっきの自分を恨んだ。
「俺はアリスに用がないから。勘違いじゃない?」
「勘違いじゃない!」
「ええ〜」
「何よその態度!」
「じゃあ何?」
「旅行のことよ!」
ああ〜。そういえばミストの旅行にアリスも来ることになっていたなぁ。だけど、それがどうしたのであろうか。
「それがどうしたのかじゃないわよ!」
「はぁ」
「私、凄い楽しみで休暇初日から旅行の用意をしてたのに!」
「そうか」
「毎日ワクワクして呼ばれるのを待ってたのにいつまでたっても来ないから、皆に可哀想な子を見るめで見つめられたのよ!それに、異常に優しく接してくるようになったし!」
「優しくされるなら良かったじゃないか」
「良くない!」
アリスは怒り心頭といった様子で、ぜえぜえと息を切らしながら叫んだ。
そう言われても俺には責任はない。契約書はミストが旅行に来たいと言った時に俺は案内するという内容だ。アリスの怒りの矛先はミストに向けられるべきである。
「そんなこと言っても、ミストが日程の決定権を持っているんだ。俺も休暇中にくるものだと思ってよ。だから、文句はミストに言ってくれ」
「ミ、ミスト……ま、まあそれは良いわ。それよりも模擬戦のことよ」
アリスは露骨にバツの悪い顔をし、明らかに話をそらした。
俺には強く言えてミストには何も言えないのか。王女のくせになんて小さな奴なんだ。
「な、何よその白い目は! 模擬戦についての話をしましょう! ええ模擬戦の話をしましょう!」
どうやら冷めた目でアリスを見つめていたようである。まあ、アリスがこういう人間だとは知っているので今更かと思い、追求するのをやめた。
さて、アリスは模擬戦のことを話そうと言って来たが、そもそも、なぜアリスは模擬戦に出ようとしたのだろう。アリスは仮にも女の子で王女だ。模擬戦に出る理由がない。
アリスに理由を尋ねてみる。
「そういえば、なんでアリスは模擬戦に出ようとしたんだ?」
アリスは俺の質問を聞くと、俯いて顔に影を落としポツリと呟く。
「だって……何もしなきゃ関わろうとして来ないじゃない。それに、今は良い感じになっちゃってるし」
どういう事だろうか? 断片的な言葉で意味がわからない。あまり語りたいことではないのか、悲しそうにしているし、事情に深入りしないことにしよう。
「いや、気にしないでくれ。普通女の子が参加するなんて珍しいから軽く聞いてみただけだから。ほら、親とかも心配す……」
自分で言ってハッと気づく。
待て。アリスのバカ親だぞ? アリスに頼みを聞いてもらうためだけに権力を行使する国王だ。アリスの参加を止めない訳が無い。また何かまずい事が起きるかもしれない。
そこまで思い至るとアリスの両肩をがしりと掴む。
「へっ? 何!?」
アリスはびくりと身を震わせ、身を縮こめる。目を泳がせるアリスの瞳をまっすぐ見て尋ねる。
「アリスのお父さんに参加することを言ったのか?」
「え、えっと」
「頼む答えてくれ」
「ひゃ、ひゃい!」
アリスは俺の必死さに焦ったのか、顔を赤くして上ずった声をあげた。そして、ポツポツと語り始める。
「模擬戦に出るって言ってないけど……」
だろうな。だから、均等なチーム分けになってるし、アリスが出場することになっているのだろう。
くそ、教師側も止めろよ! いや、こんな状況だ。王女が王に何の相談もなく出場するとは思いつかなかったのだろう。むしろ、何か王家に意図がなければ王女の参加なんてありえないと考えるのが普通だ。意図があって参加したのならば、王女の出場について王家の人間に申し立てるのは、王家の企みを阻もうとする行為に他ならない。そりゃ教師側も何も言い出せない。
最も悪いのは護衛だ。護衛は王女が参加することくらい承知して王に報告しなければならないのに、承知していないのだろう。
本当に護衛のいい加減さに腹がたつ。
「クリスなんか顔が怖いよ?」
アリスが少し怯えた様子で恐る恐る俺の顔を覗いて来ていた。俺はアリスに謝り肩から手を離した。
少し残念そうに口を開けるアリスを横目に考える。
アリスが出場することはすぐに王に知れるだろう。そして王に知られるとどうなる? 正直、一度参加すると表明したら取り下げることは評判を下げることになる。今の状況で王族側の評判を下げるのは致命的だ。そのため出場を取り消すことはできない。
ならば、アリスを出場できなくても仕方ない状況にするしかない……が、さっきのアリスの態度から見て出場に並ならぬ事情があることは明らか。だからアリスが簡単に引き下がるとは思えない。
ということはアリスが出場する上で安全な方法をとってくるに違いない。絶対に大将のアリスが安全になる方法ってことはあれ? 敵チームのクレア側には損だけど、俺にとっては得じゃないか。
じゃあ、アリスのことは気にしないでもいいじゃん。
俺は突如来訪した安心感に息をついた。そして、新たな欲望が芽生える。
これ。模擬戦の情報が王家内に蔓延するんじゃないか。少なくとも行われる場所くらいの資料はあるはずだ。
未だクレアに勝つ作戦が明確に見えていない今、この情報は値千金である。ここで日和って、滅ぶ間際に後悔するよりはリスクを犯してでも取りに行った方がいい。
「アリス! 頼みがある!」
「こ、今度は何……?」
アリスは二歩ほど後ろに下がり、不審なものを見るような目つきで見てくる。
「俺が王城に忍び込む手助けをしてくれ!」
「はあああ!? ク、クリス!? 何を言ってるのかわかってるの!?」
案の定かアリスはあまりに非常識な俺の申し出に飛び上がって驚き、正気かと心配げに尋ねてきた。
「ああ分かってる! 頼むアリス! 何も悪いことしないから!」
「いや、それ絶対悪いことをする人のセリフだよね!?」
「頼む! 上手くいったら何でもするから!」
「えっ、いいの!?」
驚愕し取り乱していたアリスは一転して喜色満面になる。そんなアリスの様子に違和感を感じて少し冷静になる。そしてアリスが嬉しそうになった理由に気づいた。
やばい。つい勢いで何でもと言ってしまった。早く取り消さないと。
しかし、俺が口を開く前にアリスは貧相な胸をポンと叩いて答えた。
「分かったわ! 私に任せなさい! それにクリスと二人で忍び込むなんてドキドキするしね!」
「いや、何でもは言いすぎ……」
その時、俺の言葉は途中で扉の開く大きな音にかき消され、強い風圧を感じた。
何があったのか慌てて振り向く。そこには、扉を片手で押さえたミストが満面の笑みを浮かべている姿があった。
「話は聞かせてもらったよ! そんな面白そうなこと私も参加するに決まっているじゃないか!」
突然のことに訳も分からずアリスの顔を見ると、アリスは酷く渋い顔をしていた。恐らく俺もそんな顔になっているだろう。





