会議
「それは本当なのか?」
アリスと最も近い席に座る生徒から声が上がる。何も気にせずに王女の近くに座っているというのだから、愚か者でない限り爵位は低くないはずだ。おそらくこの男がミストについでのチーム内での実力者になるのだろう。
「はい! この者がアルカーラ様を守ると宣言していたことが一年の間では噂になってます!」
「それが本当ならドレスコード君にはこの会議に出てもらうのはまずいんだが?」
男が俺に疑いの眼差しを向けてきた。この反応からすれば純粋に俺とクレアの関係を疑っているようだ。
さて、なんと返答したものか。
隣の男が話していることは全て事実であり、何一つ間違いはない。それに、敵の大将に繋がりがある人間に会議の内容を知られたくないのは至極当然。その上、名をあげたい、無様な姿は見せられない、王女が大将と負けられない理由はこれでもかというくらいに存在する。正直、俺ならば排除するかもしれない。
だが、そう簡単に排除されるわけにはいかない。むしろ、この中でクレアを倒す作戦を採用するくらいの大きな発言力が必要なのだ。
そう考えると解決法が見えてきた。信頼を得るために、俺がクレアを倒したいという意思表示と、クレアをどれだけ倒したいかという気概を見せる。そうすることにより、『こいつはそこまで倒したいのか。それならばこいつは必死で策を考えるだろう』という考えを植え付けられる。
方法がはっきりと見え、実行しようと落ち着いて立ち上がり口を開く。
「そう思われるのは仕方ありません。しかし、私は勝つためにここにいるのです」
「そんなこと信じられるか!」
案の定反論が返ってくる。だが、ここで落ち着いた様子を見せて雰囲気を作り上げる。
「信じられないかもしれません。ですが、私は、あのアルカーラ様に戦って倒すと宣言いたしました」
俺の発言に会議室がどよめいた。そして、確かめるように先ほどの男が尋ねてくる。
「本気で宣言したのか? 貴族にとって宣言したことを達成できないということは、これほどとない恥だぞ?」
「はい。わかっています」
「なるほど。分かっていてあの武姫で有名なアルカーラ家の長女に宣言するとはな。よほどの自信があるかと見えるが?」
「もちろん戦って勝つ自信もあります。けれど、それ以上にアルカーラ様に釣り合うためには彼女より強くならなければなりません。その気持ちの強さに何よりの自信をもっています」
言い終えると会議室に静寂が訪れた。皆からは感心したように頷く姿や、尊敬の眼差しが送られる。先ほどの男子生徒も激情はどこへいったのか、感動しているようにも見える。
「アメリシア様。ドレスコード君を信じても良いのではないでしょうか?」
そう言って男は隣のアリスに視線を向けた。俺も習ってアリスに目を向けると、アリスは白目を向いてカニのように泡を吹いていた。
「どうされましたかアメリシア様!?」
皆が皆驚愕に立ち上がり、アリスの元に駆け寄る。そして、アリスは叫び声に気を取り戻したのか慌ててポケットからハンカチを取り出し口を吹いた。
そして、泡で喉が相当潤ったのか湿った声を出す。
「だ、大丈夫よ……続けましょう」
「さ、さすがはアメリシア様だ。体調が優れずとも会議に参加して立派な姿を見せるとは……」「そこまで模擬戦に真剣になられて」「我々と勝とうと……!」
そんなアリスに次々に感嘆の声が上がり始める。だが、俺はアリスがそんな堪え性のある人物だとは思えないので何だか違う気がした。
しかし、俺の気持ちとは反対に感動に涙を流すものまで出始め、俺がおかしいのかとキョロキョロとあたりを見回す。すると、未だに椅子に座り続け、口に手を当てて必死に笑いをこらえてる姿があった。
よかった。絶対違うよな……。でも、何がおかしいのだろうか。
ミストも俺と同じで何か違うと感じており、何が違うか理解しているから笑っているのかもしれない。そうでなければ王女の体調不良に笑ういかれた女の子になるので、相当面白い理由でアリスが泡吹いていたのだろうと思いこむ。
「みんなよく聞いてくれ」
熱気が最高潮で窓が曇りそうな中、アリスの隣に座っていた男が手で皆を制した。再び静寂に包まれ皆の視線が男に集まる。
「この模擬戦。我々には勝たなければいけない理由が二つ出来た。一つめは我が仲間ドレスコード君の想いを遂げるため。そして、大事な二つ目はアメリシア様の勝ちたいという願望を叶えるためだ!」
男の言葉に同意して、みんなは拳を掲げて叫んだ。それはやる気に満ち溢れた言葉であったが、誤解して突き動かされてることを理解している今、どうにも俺の気持ちは冷めるばかりである。
「さあ、アメリシア様。皆の決意は固まりました。今日のところはこのあたりにして別日に会議を行いましょう。アメリシア様はお身体をお休めください」
「え? あ、ちょっと」
「皆! 今日から訓練だ!」
勢いに飲まれ呆然としていたアリスが慌てて声をかけるも、学生たちはやる気に息巻いてぞろぞろと扉から出て行った。
あっけにとられていたが、俺も帰ろうと思い立ち、扉に手をかける。扉が半分ほど開いたところで、肩を掴まれた。
「どうかしましたかアメリシア様?」
振り向くとアリスの泣き顔があった。
「な、なんでこうなったの?」
「……さあ?」
俺にもさっぱりわからない。多分よく考えてもよく考えなくてもわからないだろう。
「はいそこ、通りま〜す」
そんな俺たちの間を潜るようにしてミストがすり抜け、半開きの扉から外へと出て行ってしまう。そして微かに「頑張ってね」とうたうような調子のミストの声が聞こえた。
あの野郎。めんどくさそうになったから直ぐ様逃げやがったな。
俺も撤退すべくアリスに声をかける。
「なあアリス。離してくれないか?」
「……」
返事は返って来ないがただ肩に込められる力は強まった。アリスの顔を見ると、零れんばかりの大きな瞳に涙を浮かばせていた。
アリスの後ろの窓の向こうに、日が長くなりようやく夕日に燃えた太陽が見える。
少しだけなら付き合ってやってもいいかと俺は息を吐き、扉から手を離した。





