デート回(最後)
「流石クリスだな! あんな人の目に入らないような店まで知ってるなんて! つい長居してしまったな!」
「ああ……」
クレアの返事に答え、暗い路地から大通りに出る。空を見上げると、水色の空に薄くて明るいオレンジの空が押し寄せてきていた。
上を向いていると、家路に急ぎ連なって走っている子供達が前を過ぎり、慌てて仰け反る。
気を引き締め前を向くと、道を挟んで立ち並ぶ商店の中の少数は既に片付け始めているのが見えた。
既に夕方にさしかかろうとしている時間。
うわ言のように間接キスと繰り返すクレアが復帰するまで、かなりの時間が掛かったのであった。
「次は何をするんだクリス?」
そう言って、クレアは俺の前に躍り出て腰をかがめる。そして、期待を込めた瞳で覗き込んできた。
本当。どうしようか。
様々な計画を立ててきたにも関わらず、何もかもうまくいかない気がして決めかねる。
「あれ、クリスじゃないか?」
悩んで居ると、どこか聞き覚えのある軽い調子の声が聞こえた。声のした方を見ると、学者のような服装の柔和な顔をした男が軽く片手をあげていた。
一瞬誰かと思ったが、男の正体を確信すると沸沸と怒りが湧き出してきた。
「レント兄さん……」
「おう! 久しぶ……」
近づいてきた兄は、途中で俺の下半身から上半身までを見ると言葉を途切れさせて、歩みを止める。
「久しぶりじゃないでした! すみません、人違いです! それでは!」
そう言って兄は、キュインと音がなりそうなほどの速さで踵を返した。
俺は逃すまいと即座に距離を詰め、肩を握りつぶすつもりで掴んで捉える。
「久しぶりだなあ! 兄さん! ユリスから逃れて鈍ったんじゃないか?」
「ひいっ!?」
兄は振り向き、顔を青くさせて短い悲鳴をあげた。
俺は兄の耳元で囁く。
「今まで色々忙しくて会えなかったけど、随分楽しそうにしてるんだね?」
「ク、クリスこそ、そんな奇抜な格好して楽しそうにしてて良かったよ……」
「何処が楽しそうに見えるんだよ!」
怒りから手に込める力を強める。
「痛い痛い痛い! ごめん! ごめんって!」
「あ……あのぅ?」
俺が兄へ怒りをぶつけていると、クレアはおずおずと声をかけてきた。
「ほ、ほらクリス! 美人の方が話しかけてきているぞ! 離してくれ!」
仕方なく兄の肩から手を離して、クレアに紹介する。
「この人は俺の兄さんだ」
「クリスのお兄さん……!?」
兄は、俺の掴んでいた肩をよしよしと撫でながら口をひらく。
「なんだ知り合いだったのか。俺はレントだ。こんな弟だがよろしくしてやってくれ」
「……よろしくしてやって!? は、はい! 私はクレアと申します! 不束者ですがよろしくしてやりたいと考えております!」
クレアはそう言って、顔を赤くして頰を抑える。そして、家族公認だとかどうとか独り言を呟き、再び自分の世界に入っていってしまった。
どんな挨拶の仕方だよ。それにまた始まっちゃったよ。
そんなクレアの様子を見て兄はニヤニヤし、今度は逆に近寄ってきて耳打ちしてくる。
「クリス? お前も隅におけねえな? こんな綺麗な女の子に好かれるなんて羨ましいねえ」
このこの〜と言って、指でつついてくる。そんな浮かれた様子の兄に冷静に告げる。
「クレアはアルカーラ家の長女だ」
兄は少しの間呆然としていたが、意味を理解したのか顔を青ざめさせた。
「えっ? ってことは三家のうち一家と懇意になるってことになるんだけど……」
そして、再び視線を落とし俺の服装を見ると、心からの安堵の表情を浮かべた。
「だからそんな格好してるのか。お前もやばいの引いたなあ。ほんっと、俺じゃなくて良かった〜」
その言葉を聞くと、自然に腕を兄の首に回していた。
一瞬で兄は苦悶の表情を浮かべる。苦しみから逃れるため、両手で俺の腕を両手で必死に剥がそうと力を込めて来た。そして、首と腕の間に僅かな空間ができると、兄は息を詰まらせながら情けない声を出す。
「うぐっ、ず、ずまない。つい本音がじゃなくて……俺は悪くない! 次男だから! 悪いのは長男のくせに逃げ出したレオル兄さんだ!」
兄の醜い責任転嫁に急激に殺意が冷め、力を緩める。
「けほっけほっ。……はは。助かった。流石慈悲深い自慢の弟だ。卑しい態度を示せば呆れてくれると信じていたよ」
咳き込みながら、そんな言葉を吐いた兄に再び怒りが芽生える。しかし、クレアとのやりとりに疲れ切っており、エネルギーの無駄だと気にしないことにした。
「で、兄さんはこんなところで何してんの?」
「ああ。父さんと兄さんの買い出しを頼まれてさ」
そういう意味ではない。どっかの貴族が兄か父の後ろ盾になって、継承争いを起こそうとすることを懸念しての言葉だ。
誘いには断ってるだろうが、そのうち脅されて無理やりってことも考えられないわけじゃない。だから、王都に留まらず、安全な我が家に帰って来てほしい。
そんな思いから口をひらく。
「そういう事じゃなくてさ。うちに帰って来てくれって手紙を送っただろ。どうせ、どっかの貴族家から領主の座を狙わないかって誘われてるんじゃない?」
「ああ。ユリスから来たから、わかってるよ。でも、父さんも兄さんも帰ることはないと思うぜ」
キッパリと言い切った兄に疑問を感じて尋ねる。
「何故?」
「俺も兄さんも数学者として、高待遇で雇ってもらってる。世間から見れば数学者なんて役に立つかどうかもわからない研究者を拾ってもらったんだ。自分の身が危ないからって帰る気はねえよ」
そして、兄は「もし、貴族に脅されたとしても迷惑は掛けないようにするから安心しろ」と続けて笑った。
そんな兄に何も言えず、溜息を吐く。
うちの家系は基本的にちゃらんぽらんな癖に、時たま変に忠義に篤いところがある。俺の曽祖父も王を守り矢を受け、剣を振れなくなったが、それでも戦場に立ち、体を盾として王を守り続けたという話がある。
「はあ。じゃあ、父さんは?」
「なんか『フルールド前王家の宝具が王都にある! 見つければ一攫千金じゃ!』とか言って、宝探しに夢中だから無理なんじゃないか?」
なんだよそれ!? 療養してたんじゃねえのかよ!?
「そんな程度なら帰って来てくれよ!?」
そう言って兄に詰め寄る。
俺の勢いに飲まれたのか兄は仰け反りながら言葉を吐く。
「いや、俺に言われても。一応、伝えておくけど」
兄の反応から、帰ってくる望みは薄そうだ。仕方ないので緊急時の対応だけ伝える事にする。
「いざという時、王都から逃げるルートはユリスが確保してくれてある。今度ユリスに説明に来てもらうから、ちゃんと覚えておいて」
ユリスという単語を聞いて怯える兄に執拗に言い聞かせていると、不意に背中に感触が走る。振り向くと、クレアが俺の後ろで所在無さげに立っていた。
いつの間にこの世界に戻って来ていたのだろうか? かなり前に戻っていたとしたら、クレアを放置して兄と話し込んでいたことになる。
罪悪感を感じてクレアに謝罪する。
「ごめん。待たせたよね?」
するとクレアは意外にも首を振り、笑顔を見せた。
「いや待ってない。私はクリスと居るだけで楽しくて、時間の進みが早いんだ。ただ、レントさんと話すなら、座れる所に行こうと提案しようとしただけだ」
さらにクレアは、はにかんで続ける。
「そこにさ。私もいてもいいか? 学園ではあまりクリスが話してる所を見ないから、仲良く話してる所を見るのが私は嬉しい、というか楽しい」
そう言って心底楽しそうに笑ったクレアを見て、申し訳ない気持ちと強い感情が体の芯からせりあがってくる。
「これは俺が居るのは野暮ってもんだな。それじゃあ元気でなクリス」
兄さんは大人びた笑みをみせて、立ち去ろうとした。しかし、俺はすかさず兄さんの肩を掴んで捕らえると、クレアに向けて頼む。
「クレア、ちょっとだけ待ってて貰っていいか?」
そう言い残して、兄の肩を路地まで引き摺り込む。そして、涙目で抵抗する兄から無理やり衣服を剥ぎ取り、服を交換すると、急いでクレアの下へと向かう。
クレアを他の男に好意を向けたい気持ちは今も変わらない。だけど、こんな良い子に嫌がりそうな事ばかりをして来たのだ。夕陽が落ち始めたわずかな残り時間だけでも最高に楽しませてあげたい。
「ごめんクレア、待たせた。それじゃあ行こうか」
クレアの目の前に立つと、手を差し出した。
嫌なデートの逆をすれば良いデートになるのである。





