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模擬戦

 目の前には開きなれた扉がそびえ立っていた。つい、ひと月前までは開けるのになんのためらいもなかったというのに未だ休暇が足りないのか手は開けることを嫌がった。


 あれから、ハルに話を聞いて、休暇ギリギリまで対策を練った。結果、侯爵が婚姻に向けての行動を起こす前に、クレアの好意をなくすことが必要ということになった。だから、俺は一月後のイベントで行動を起こすことにしたのであった。


 思い返すと、ここで踏みとどまってる場合ではないと取手に手をかけ、扉を開いた。


 長期休暇明けの教室。生徒達は久しぶりに出会った友人に浮き足立って、大きな声をあげて笑顔を浮かべている。窓から差し込む白い光がどこか暖かい雰囲気を作り上げていた。


 そんなクラスメイト達を横目にひっそりと自分の席につく。


「やあ」


 椅子に腰を下ろすと、隣の席のミストは座ったまま顔を覗き込んできて声をかけられた。俺は丁寧に挨拶を返す。

 

 久しぶりに会ったミストの桜色の柔らかそうな髪は少し短くなっており、制服を押し上げる胸はより大きくなっているような気がした。ミストの爽やかかつ小悪魔っぽい笑みは俺を癒してくれる。

 

 お前だけだよ。なにも、うちにちょっかいかけてこなかったのは。そういや、旅行したいって契約書までわざわざ書いたのに来ないなんて肩透かしを食らった。まあ、それも含めて幸運だな。


「何ニヤニヤしてるんだい?」


「いや、ミストはいい奴だなって思って」


「? そうかい? それはまあ嬉しいけどね」


 ミストは少し不思議そうにしながらもカラカラと笑った。


 うん。本当にいい奴だ。それに比べてとクレアの方を見ると、艶やかな黒髪を揺らして俺の方をちらりちらりと何度も振り返っていた。時たま見える白い肌に朱を浮かべた頬から気にしているのは明白である。


 はあ。とため息が零れ出る。


 純粋にクレアは美少女だ。好意を寄せられることは天に昇るくらい嬉しい。だけど、家の事情を抜きにしてもクレアは恋に恋しているだけなので、なんだか騙しているような気分になって罪悪感が湧く。


 そんなことを考えていると鐘がなり、先生が教室に入ってきた。先生は新学期明け特有の気を引き締めるようにという挨拶の後、俺の待ち望んでいた言葉を告げた。


「これから、来月行われる模擬戦の連絡をする」


 これなのだ。俺がクレアを負けさせて好意を無くさせるためのイベントは。

 この機会を利用して、自分より強い男に恋するクレアをこの模擬戦で他の男達に倒してもらい、他の人へ好意を向けてもらう。


 模擬戦とは、適当に振り分けられたチーム別に別れ、その名の通り模擬戦を行うというものであった。ルールは木剣と木の弓を用いて、相手の大将に降伏させるか相手の本陣を取れば勝ちというものである。

 場所は当日まで知らされず、王都から少し離れた土地で行われ、行軍と陣取りから始まる。各地の貴族もこの戦いを観戦しに来ることもあり、その地では貴族用の屋台などが建てられ、ちょっとしたお祭りになっている。


 当然、貴族の子弟は女子も混ざり怪我をする可能性が高いため、自由参加であり、武に自信のない生徒は参加しない。しかし、多くの爵位が低い子息たちにとっては自分の名前をうる好機であり、高位の子息達には指揮権を与えられるためカリスマを見せるいい機会でもある。そのため、参加率は高く、むしろこの模擬戦で怪我をする人間は英雄的な扱いをされる風潮すらあるとされるらしい。


 まあ、俺から言わせるとなんともくだらない話だ。前線に出ない貴族の子供達が戦争ごっこをして身を危険に晒すのもそれを尊ぶ風潮もわけがわからない。


 けれど、この機会。クレアを倒すには絶好の機会だ。人数が多ければ多いほどクレアを搦め手で倒しやすい。搦め手だとクレアは自分より相手が強いと納得しないんじゃないかと思ったが、正直、入試でも俺は搦め手で勝ったので、クレアは自分より強いと誤解してくれることだろう。


 何はともあれチーム分けが大切だ。クレアと同じチームになってはクレアを倒せない。そこは運の要素が関わって来る。そもそも、自分がそのチームにおける決定権を持てる可能性があるかという問題はあるが、ハルから聞いた話では学年で一位の人間は軍師や指揮権を得られる可能性が高いらしいので、やはりクレアと同じチームにならないことが必須だ。


「それじゃあ、参加の可否の表を貼り付けておくから、今日の放課後までに各自記入しておいてくれ」


 先生はそれだけ言って、授業を始めた。



 休み時間になり、先生が貼り付けた表にクラスメイト達が群がる。案の定参加の人数は多いようである。

 誰が参加しないのか見渡すと、普段から大人しい男子生徒や高位の貴族、女の子達であった。


「あれ? クリス君は参加しないのかい?」


「そういうミストはどうなんだよ」


「やるよ。でも、今は人が多いからねえ」


「俺も一緒だ」


 どうやら、俺とミストは同じ考えのようだ。他にも同じ考えの人間はいるかもしれない。クレアなんかも座ったままだしな。


 そういえばとアリスの姿を探すと群がる塊の後ろでひょこひょことして塊に入ろうとしては弾き返されていた。まさか参加するつもりなのだろうか。アリスと同じチームに入ったやつは、王女を討ち取られるなんて醜態を晒せないだろうから気の遣いすぎで死にそうだな。


 そうこうしているうちに昼休みになると何人かが掲示板の元へいき、記入していた。俺も同じように記入しに行く。

 表を見ると、ほとんどの男子は参加するようだ。しかし、肝心な人間の名前がないことに気づく。


 あれ? クレアはまだ書いていないのか。


 少しの嫌な予感がしたが、まあ昼休み中には書くだろうと座して待つ。しかし、待てどもクレアが掲示板へと近く気配は一切ない。

 だんだんと冷たい汗がダラダラ流れ出る。


 ちょっと待って。ちょっと待って。ちょっと待って。嘘でしょ? ねえ? 


 ついには鐘がなり、クレアが表に書き込むことはなかった。

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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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