対策
更新お待たせしてすみません。書き溜めたんで一月は大丈夫です。
公布した政策に関する書類を全て片付け、ペンを戻す。
目の前のろうそくは未だ長く、揺らめく火をぼんやり眺める。早めに全てを終えたというのに立ち上がる気にもなれず、両肘を机につけて手のひらを顎に当てため息を吐いた。重い頭を支えきれず、掌が勝手に顔を勝手に前髪をかき上げる。
塩水選と農民の訓練に賃金を出す政策を公布した。アルカーラ侯爵に政策を告げたせいで公布せざるを得なくなったからだ。
元々、流民が多かったのか、初日から農民としてうちに住みたいという人間が予想以上に殺到した。農民として暮らせる上に、賃金ももらえるのだ。当たり前といえば当たり前かもしれない。
しかし、あまりにも多くの人間が集まったため、厳正な審査をして農民を選ぶことになったのだ。既に今は選考が早かった農民たちを家が援助して開拓させている。我が領の南部に農村がいくつも出来上がるのもすぐのことだろう。
また政策が成功を収めているというのに、懸念していたオラール家からはなんのアプローチもない。不思議に思ってユリスに尋ねると、「アルカーラ家にこの好景気を独占されるのを嫌ってでしょう」と言っていた。
オラール家の商会が去ったとしても、アルカーラ家の商会が残るなら俺たちの領地に影響はないことはないが、それよりも去って今までのポジションをアルカーラ家に譲る形になることを嫌がったのだ。
ならば、この好景気の中、商売をして利益を得た方が得と考えたのだろう。
俺が帰ってきた時の問題はほとんど解決したと言ってもよかった。どころか、人口は増え、大掛かりなほどの防備を固められ、領内は富む良い結果となった。
だが、俺が帰ってきたからこその問題に今、とてつもなく重い頭を抱えているのだった。
「まさか、クレアがなぁ……」
ろうそくの煙か俺のため息かわからない燻った部屋の扉が開く。
煙がふわりと揺れて、抜けていったところから銀髪のいつもの兄妹が現れる。
「書類貰いに来ましたよ」
「ああ。そこにあるよ」
俺はハルに積んだ書類の山を指差した。ハルは書類の山を見つけると、目を丸くする。
「もう、出来ていたんですか。やんじゃないすか」
「はは……。ただ何も考えたくなくて仕事に集中してただけだよ」
俺が乾いた笑い声をあげると、ハルも苦々しい顔をして、俺と同じ笑みを浮かべる。
「なあユリス? どうしたらいいかな?」
「勝手にすればいいのでは」
ツンとすましてそっぽを向くユリス。なぜかユリスはクレアの件に関しては非協力的である。
元々、ユリスに対人関係のアドバイスを求めても微妙な気がするので、ただ悩みを共有したくて呟いただけなので気にしない。
悩みとは、アルカーラ侯爵家との関係のことだ。
前にユリスが言っていたように、今からクレアと婚約してアルカーラ家の傘下につくのは危険すぎる。だからクレアの好意をなくさなければいけない。
かと言って、アルカーラ侯爵家の商会に今撤退されたら困る、それにいざアルカーラ侯爵家が戦乱を制すと判断した時に味方になれないと滅ぶのでクレアに嫌われるわけにもいかない。
「あああああ! 誰か俺に知恵を貸してくれ! もうそろそろ休暇が終わるんだ!」
誰に向けてかわからない、誰にでも向けた嘆きを叫んだ。
悩みに悩み抜いて、一番の解決方法はクレアの俺への出来る人間だという評価を残したまま、クレアの恋愛感情をなくすことだと思いついた。
しかし、そんな方法なんて全く思いつかず、学園までのタイムリミットは迫るばかりである。
「仕方がないですね。ここは大人の俺がクリス様に女心をお伝えしましょう」
ハルがやれやれと首を振って、胸をとんと叩き、そう言った。
「はあ。俺もわからないというのに、30超えて独身のおっさんが16の女の子の繊細な乙女心がわかるはずないだろ」
悩みすぎて心が荒んでいたのか、俺の口から勝手にそんな言葉が出た。するとハルは、一瞬で目に涙を浮かばせ、まくし立ててくる。
「そんなこと言うなら俺に出会いをくれよ! バカみたいに朝から晩まで仕事仕事仕事!家に帰る時間すらないから出来るものも出来ないんだよ!」
「ご、ごめん。ほら、うちで長くメイドやってるジュリエッタなんてどうだ? 彼女もユリスと同じ売れのこ……」
——トスンッ
俺の耳元を何かが横切り、背後から音がした。
振り返るとが壁に果物ナイフが刺さっている。
その場が一瞬で静まりかえり、急激に冷え込む。少しして氷よりも冷たいんじゃないかというほど凍てついた声でユリスは尋ねてきた。
「何かいいましたか?」
「い、いえ」
ブンブンと首を横に振る。
ユリスはそんな俺を見て、何も言わずに軽く縦に首を振った。
「そ、そもそも、どういった経緯で好かれたんだよ? クリス様が激怒させた黒髪の娘だろ? そこから一転、好きになるなんてどうしてそうなるんだよ」
空気を変えようとしてかハルは少しどもりながら尋ねて来た。
「そういえば聞きたくない気持ちを優先して、聞いてませんでしたね。仕方がないから聞いてあげます」
「実は入学試験の時に剣でクレアに勝ちかけたんだよ」
「そんな事でですか?」
「実はさ。それには深い事情があるんだよ」
俺は二人にクレアの置かれた環境を説明し、恋愛に憧れるようになって、もし自分より強い人なら恋愛できるかもしれないと思っていることを話した。
「なるほど。そういう経緯があったんだな。でもそれなら一つだけ解決法がある」
ハルが軽い調子でそう言った。
「どうやったらいいんだ!?」
俺は何を簡単にとも思ったが、ただただこの重い気持ちから解放されたくて飛びついた。
「休みを開けてから学園ではすぐ、模擬戦と呼ばれるイベントがある。それでアルカーラの長女を負かして、自分より強い男がいることを教えればいいんじゃないか?」





