貴族用のレストランにて2
「さて……何から話そうか」
黒髪の男は俯いて何か考えているようなそぶりをした後、少しツリ目気味な力強い目に長いまつげといった美形な顔をあげて俺に尋ねる。
「そういや、何か問題があるかだったよね? 僕は検問が甘いんじゃないかと思うよ。それで、君はこの領で何が問題だと思っているか聞かせてほしいな」
なぜ検問が甘いのか、なぜ今になってそれを掘り返すんだとは思ったが、先ほどユリスと話していた噂を流すいい機会ではあるので、素直に答える。
「それはやはり、関税をかけられない事による市場の独占でしょう。今ではある商会に食料は頼り切っていますので」
「うん。それだろうね。ここの領主様は何か手をうつ予定でもあるのかい?」
「はい。噂ですが、今のところは塩水を使った選種で食料増産を目指し、農民に対して訓練と引き換えに賃金を与えることで、農民の数を増やす予定らしいですよ」
その後も俺が政策について詳しく説明すると、黒髪の男は腕を組んで再び俯いた。そんな状態が数十秒ほど続くと顔を上げた。
男の顔はどこか、胸を躍らせた子供のように無邪気であった。
「なるほどね。すごいね、ここの領主様は。それなら、なんとか解決しそうな上に練度の高い農兵が出来上がるというわけだ」
やばい、別に農兵を育てあげるつもりではなかったのに、戦意ありと誤解されてしまう。
どこの貴族か知らないが、この満員の店内において、個室を抑えているところを見ると並の貴族ではないことは明白である。
俺はできるだけ、誤解されないように取り繕う。
「い、いや、領主様もそんなつもりではないと思いますよ!」
「僕が何故ここに来たかだったよね」
黒髪の男はそんな慌てふためく俺をどこ吹く風と頓狂なことを言い始める。
そんなことどうでもい!
観光できたんですよ〜、へえそうなんですか〜で終わる話だ。
早く俺に戦意がないことを弁解させてくれ!
そんな俺の思いは叶わず、ポツポツと黒髪の男は遠い目をして語り始める。
「実はね、僕には子供が二人いるんだ。可愛い娘と息子だよ」
「へえ、そうなんですか……」
「うん。だけどね、正室との間に娘ができた後は中々子に恵まれなくてね。跡取りがいない僕達は娘を次期当主となれるように武芸や学問を学ばせて来たんだよ」
「はぁ……」
「でね。娘が12の時に側室との間に息子が出来たんだよ。跡取りができたと、それは嬉しかったね」
……いつ終わるんだろう、この話。早く弁解したいのに。それに何故かわからないが、続きを聞きたくない。
嫌に焦燥する俺とは反対にのんびりと男は言葉を紡ぐ。
「だけど、うちの娘は優秀すぎてね。家中の人間の一部は正妻との子であるのと息子が幼いのも相まって娘を当主にしようって派閥が出来始めたんだ」
「それはまた……」
「そう大変なんだよ。だけど、唯一救いなのは娘は当主になる気はないって事だよ。普通、当主になるように育てられて来たら、当主になろうと思うはずなんだけど、よく出来た娘だよ」
「良い娘さんですね」
「だけど僕は、娘を女の子として育てて来なかった罪悪感から、娘の処遇を決めかねていたんだよ。このまま当主に据えるのも悪くないってね」
「はぁ」
「そんな娘の扱い方をどうしようか考えていたある日、娘から娘は家中が混乱するのを望まないから、私を嫁に出してくれって言われてさ。正直泣いちゃったよ。二重の意味で」
男はそう言って、笑い、周りにいる騎士達もつられて子供のように笑った。大分酒が回っているようである。
二重の意味とは、娘の気遣いと親としての寂しさからだろうけど、そんな冗談口調で言われても笑えないし、この話は早く終わって欲しいからマジで。
それに、どっちかというと、今は弁解したい気持ちより、嫌な予感が強すぎて話を今すぐにでも終えて欲しい。
「だけどここで困ったことが起きるんだよ。娘は当時にはもう騎士団長と渡りあえるほどの武芸を修めていてね。大貴族の方々は自分より強い女性は嫌うんだよ」
なんだか、ユリスと似たような理由だな。
というか、騎士団長と渡りあえるほど強い? どこかで聞いたことが……
「自分で言うのもなんだけれど、私は大きい家の当主でね。下手に利のないところに婚姻させるわけにはいかないから嫁の貰い先がなくてね」
そういや、この黒髪誰かとそっくりではあると気づくがまさかと頭を振る。
「そんな状況が2年も続くとね、娘は身分を乗り越えられる恋愛に過度に憧れてしまったんだよ」
「……」
「で、娘は一度仕事でこの領に行ってから、ここの領主を凄く悪く言っていたんだけど、入学試験を終えて帰って来たら、彼はもしかしたら自分より強く、爪を隠しているだけで悪く言ったのは間違いかもしれないと告げられてね」
「……」
「そこで、領主に興味は湧いたのだけれど、極めつけは学園から帰って来た時だね」
「……」
この男と誰の話をしているのかを理解できてしまい、もう俺は何の相槌も打てなくなってしまった。
しかし、黒髪の男、いやクレアの父、アルカーラ侯爵は続ける。
「君……じゃなくてドレスコード子爵のことをそれはそれは嬉しそうに話してくるんだよ。乙女の顔をしてね。さすがに何回も聞かされたら容姿も事細かく覚えてしまったよ!」
そう言って、心底楽しそうにアルカーラ侯爵は笑った。
だけど、胃痛が酷すぎて俺は全く笑えなかった。
「でね、深く調べてみたら急激な発展に、地の利、前王家の腹心の家系と血筋も悪くない。これはドレスコード子爵をこの目で見て、クレアに相応しいか見極めないといけないと思って来たんだよ」
そう告げると、アルカーラ侯爵は深く瞼を閉じてから、ゆっくりと目を見開いた。そして、意思の強い熱のこもった眼差しをおれに向けて口を開いた。
「そして今、僕は確信したよ……」
「し、失礼ながら! 誠に申し訳ありませんが、仕事に戻らなければなりませんので!」
俺はこれ以上語らせてはいけないと全身が鳴らす警鐘に従い勝手に言葉が口から出た。
「お、おい待て」
立ち上がり、俺を止めようとした騎士の手をするりと抜けて室外に出た。
「うちの騎士をかわしたあの身のこなし、やっぱり僕の考えは間違ってないようだ」
そんな呟きを背に厨房へと慌てて帰った。俺を見つけた料理長は鬼気迫る俺の必死な形相に怖気付いた。
だが、構わず俺は料理長に叫ぶように頼んだ。
「あの部屋に一番強い酒を持っていってくれ!」





