貴族用のレストランにて
先週は私生活が忙しすぎて投稿できませんでした。今週からまた3日おきに投稿始めます。
あれから、村々を周り、日が落ちた後、領主館へと戻り、ユリスを執務室に呼び事の顛末を話した。
「かしこまりました。農民に対する政策として、訓練による賃金を支払う件はこちらでお任せ下さい」
意外にもあっさりと許可がもらえたことに驚きながらもそのままユリスに頼んでおくことにする。
「ああ、頼むよ。ユリス」
「加えてなのですが、農民になっても金銭を得られるとなれば、工事に回している人員の何人かは開拓させ、そこの農地を与えれば農民になりたいものがいますのでそちらも進めてよろしいですか?」
確かに、長期的に移住することを考えれば、農地を得られた方がいいと考えるものもいるはずだろう。
「わかった。じゃあそれも頼んでいいかい?」
「はい。ですが、開拓が終わり、作物が収穫できるまでは、オラール家の商会に撤退されると厳しいものがありますね」
「工期を伸ばせば、なんとかならないかな?」
「そこまで、待っていただけるでしょうか?」
政策として発表する以上、どうしてもオラール家に気づかれてしまう。そうなれば、すぐに撤退されても不思議ではない。そういった意味がユリスの言葉からは感じられた。
「はあ……。解決するのにはまだ何か考えないといけないな」
「まぁ、発表するには未だ時間はありますし、噂を流して相手の出方を探ってみるのもいいかもしれませんね」
確かに黙っていても仕方のないことならば、周りの反応を見てもいいだろう。
噂を流して、脅してくるようであれば、取り下げ、別の方法を考えることも出来るし、脅してこないようであれば、今の人の数のうちに実行し、撤退される前になんとか備蓄した資金と食料で凌げそうではある。
だが、後者は資金も食料もほとんどを費やしてしまうため、出来るだけしたくはない。今、ここで費やしてしまえば、何かあった時に対応できなくなってしまう。
かといって、噂を流さず、何か良い案が出るまでただ待ち続けるといっても手遅れになる可能性もある。
「う〜ん、難しいな。とりあえず、黙っていても仕方のないことなんだけど、おおっぴらに話すようなことでもないってことだよなぁ」
「そうですね。まぁ、内容が確立してませんので、今はまだいいかと」
「うん。その間に何かより良い案が浮かぶかもしれないしね。それじゃあ、ユリス。日も落ちたことだし、今日はこれで休ませてもらうよ」
俺がそう言って部屋から出ようとするとユリスに腕を掴まれた。
「何を言っているのですかクリス様?」
「え?」
つい呆けた声を出してしまう。
もう既に日は沈み、学園ならばとうに終わっている時間だ。今から休もうとも誰にも咎められはしない筈である。
「学園に行って怠けてしまったのですか? 今からクリス様には貴族用の料亭で接客の方をお願いします」
「え? 嘘でしょ? なんで?」
「貴族の方に対する礼儀を知るものは少なく、人材不足で忙しいのです。この休暇の間は夜、クリス様はそこで働いてもらいます。安心してください。クリス様の顔を知っている方はおられませんし、いたとしても別に大した問題ではありません」
「いや、嫌だよ! 別にそんなこと気にしてないし! 今日は疲れたし、無理だよ! それに、今まで大丈夫だったら、俺がいなくてもやってけるでしょ!」
俺が駄々をこねるとユリスは嘆息し、口を開く。
「どうしてもというなら、私が行きますが?」
「ごめん! 早速行ってくるよ!」
俺はそう言ってユリスの手を振り払い駆け出した。
ユリスに行かせれば、どんなことになるかわからない! 間違いなく貴族から顰蹙を買うことになるじゃないか!
*****
「じゃあ、クリス様はあちらの部屋の接待をよろしくお願いします」
そう言って、料理長から美味しそうな料理が乗った皿を受け取り、指定された席に運ぶ。
調理場を出ると、店内は我が家よりも豪奢で調度品が燭台の光に照らされ、洒落た雰囲気が感じられた。貴族風の服装を着た人間やその人間を護衛する騎士風の人間が席に着き、テーブルに置かれたパンやワインを楽しんでいる間を通り抜けて階段を登ると、さらに格式高い貴族が用いる個室が並ぶ廊下へと出た。
そして、その中の一室を開けて入ると、さっきの人達同様に談笑しながら食事を楽しむ貴族と護衛の騎士がいた。
ただ一つ違うのは、騎士達、貴族の黒髪の男でさえ屈強な肉体を持ち、どこか強者の風格があった。
「こちら、ドレスコード領産子牛のロースト、特製赤ワインのソースを添えてです。余ったソースはパンをつけてお召し上がりください」
俺がユリスに仕込まれたマナー通りにテーブルに配膳すると黒髪の貴族の男は、今まで話していた騎士風の屈強な男たちとの会話をやめて、驚いたような表情で俺を見た。
黒髪の男は、艶やかな黒髪に吊り目気味な目とどこかで見たことのあるような顔立ちをしていた。
「それでは、ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
なんだか、嫌な予感がしたので料理を並べてすぐ去ることにした。
「いや、少し待ってくれないか?」
「……はい! 何か問題でもありましたでしょうか?」
俺は嫌々踏みとどまったことを悟られないようににこやかな笑みを浮かべて答えた。
この接待の業務で礼儀を守れる人間が少ないから駆り出されたことを今、理解した。
そんな俺に満足したのか男は話し始める。
「ここはいいところだね。君のようにまだ娘と同じくらいの年頃の子でも礼儀正しく接してくれる」
「過分なお言葉痛み入ります」
まぁ、私塾の生徒くらいしかマナーはなってないから、自然とそうなるだけだけど。
「それに、パンは甘くて、よく膨らんで芳醇ないい香りがするし、酒は強い。それに、惜しみなく家畜の肉が出てくる」
パンと蒸留酒を評価されるのは嬉しいし、ノーフォーク農法のおかげで家畜を養えるようにはなったからなぁ。
「ありがとうございます。失礼ながら、この度はお食事が目的でドレスコード領に?」
俺は少しだけ舞い上がってしまい、軽い気持ちで質問してみる。
「いや、そうじゃないんだよ」
「それでは?」
「いやね。話は長くなるのだけれど、それでもいいかい?」
「……はい」
俺はなんとか嫌に思う気持ちを抑えて、話を振ったことに後悔しつつ、喉から二文字をひねり出した。





