村にて
「なるほど。そうですか、次から実践させてもらいます!」
水に浮く種と沈む種を見て、中年の男は俺を見て、良い返事を聞かせてくれた。
「ああ。まぁ、時期になれば、内政官の一人を塩をもたせて遣わせるから、申請だけは忘れない様にな」
「わかりました。ありがとうございます」
「そうだ、村長、今は元村長か。あいつは元気にしてるか?」
「はい。父はどうやら、綿花の栽培が上手く言ってる様でこの前、元気そうにしていましたよ。自分を押しのけて行った綿花の栽培で成功してるのは複雑な気分ですが」
元村長の息子は苦笑いしながら、そう呟いた。
俺は今、塩水選を教えに村までやって来たのであった。
木で出来た家の合間をかけぬって元気に走り回り、大声で笑う子供達が楽しそうに遊んでいる。
「子供たちも元気な様で良かったよ」
「ジャガイモのおかげで、飯も食わせてやれますし、お金も入りますからね」
そう言って子供を愛しげに見る村長に倣って再び子供達が遊ぶ村の方を見る。
すると、村の様子に違和感を感じた。
子供達の声がこれでもかと言わんばかりに響いているのに、活気に満ちておらず、どこか閑散としているかの様に思える。
疑問の正体を確かめるために村長に尋ねる。
「一つ尋ねていいか村長?」
「はい。如何しましたでしょうか?」
「大人達はどうしたんだ?」
「ああ、その事ですか。今は訓練をしています」
村長は息を吐く様に答えた。
「訓練?」
「はい。少し前に賊が近くに出たのです」
「それは!?大丈夫だったのか!?」
「はい、賊を討伐していただいた様で今はいないのですが、最近子爵家の方も忙しそうですので、いざという時のために訓練しているのです」
以前は、賊が出たら嬉々として討伐に向かったものだが、今の忙しい環境では警吏としての仕事もあるので、追いついていないのだろう。
それに、我が領の発展も噂になって来ている。それを聞きつけた賊はこれから増えていくかもしれない。そうなってしまえば、戦力を裂かずにはいられないから、いい判断だ。
「それは、すまないな……」
俺は領民の安全を保障できていない現状に謝った。
「そ、そんな恐れ多いです!謝らないでください!」
村長は慌てて、頭を下げようとする俺を止めた後、子供達を指差して続ける。
「それにほら、クリス様のお陰であんなに子供達が元気になってるんです!こんなに嬉しいことはないですよ!」
そう言って、村長は朗らかに笑った。
そうだな。あの笑顔を守るために頑張らないとだな。だから、村の大人は必死に訓練するのだろう。
「じゃあ、ちょっと時間があるし、訓練を見て見るから案内してくれ」
俺はその手助けをするため、村長に案内を頼み訓練をしているところまで連れて行ってもらった。
そこには、森の近くの広けた場所で粗朴な弓の弦をひきしぼり、矢を放っている村人達がいた。村人は皆が皆、額に汗を滲ませ真剣に訓練に取り組んでいた。
しかし、放つ矢の方向は的からかなり外れた方向へ飛んでいき、当たる気配はなかった。
あまり、弓を使いなれていない様だな。正直、反乱されたら手のつけようがないからヤバいかと思ってたけれど、これなら大丈夫そうだ。
でも、このままなら、賊が来ても村を守りきれないだろう。貴重な農民を減らすわけにはいかない。
ちゃんとした訓練をさせなければ、話にならないよな。
そうだ!
「村長。俺が金を払うから厳しい訓練をしてくれって頼んだらどうなる?」
「それは願ってもないことですが、厳しい訓練とは?」
「ああ。今まで通りに訓練を続けてもらうのと、何日かに一回、武器を持たせた家の兵士達を送るから、その時に兵士達から指導を受けて欲しい」
「それだけで、給金をいただけるのならば、自衛の力も上がりますし、是非お願いしたいですよ」
村長から快い返事が聞けてよかった。
送る人員は、私塾の卒業生の新人を村に送って訓練や農業の指導をさせるか。
将来、私塾の卒業生は家の将来を担っていく存在だ。実地の経験を積ませておくのも悪くない。
それに、訓練はさせるが我が家の高品質な武器を渡すわけではないので、もし反乱されても怖くない。武器も送る兵士を増やせば、奪われる心配はないだろう。
人員も私塾の卒業生だから、今の最高学年の奴を早く卒業させちゃって働かせればなんとかなる。
「いい返事を聞かせてくれてありがとう。だけど、村の装備や防備のための金銭は出せないから、そこは了承してくれ」
「いえいえ、そんな。気にしないでください。ただ、今の訓練だけではダメなのですか?皆、日に日に腕を上げていますので、必要性をそんなに……」
そうか。なぜ、俺が金を払ってまで、訓練させたがるのか疑問に思うのも普通か。正直、農民に金を払う口実が欲しいだけなのではあるが、一応説得しておくか。
「まあ、とりあえず、生まれてから訓練を受け続けたらどの程度になるかだけ教えておくよ」
俺はそう言って、村長から離れ、突然の俺の来訪に驚く村人から弓を借り、的から五十メートルほど離れた。
本当に粗末な弓だな。この弦の強度ならこの距離が限界かな?
弓を見て、そんなことを考えながら、矢を持ち、弦を引き絞って、矢をすんと放った。
遠く離れた村人達から歓声が上がる。どうやら当たったらしい。
そしてもう一発、村人の元に歩いて帰りながら、的に向けて放つと先に刺さっていた矢を一瞬で裂く、木が割れる音が雷鳴の様に轟き、的に突きささった。
すると、さっきまでの歓声が嘘かの様に静まり返る。
まぁ、驚くよね普通。俺も昔はこんなことが出来ると思ってなかったから……
ユリスに矢が全て的に当たるまで、練習させ続けられた日々を思い出して涙が滲み目の前が霞む。あれは、何日目で寝ることが出来たのだったか……
俺は霞む視界の中なんとか、唖然とする村人と村長の元にたどり着いて口を開く。
「まぁ、ここまでは無理だと思うけど訓練を続ければ的には当たる様になるよ。これで訓練を受けたくなった?」
「は、はい!」
村長だけでなく、村人達からも声が上がった。少し引きついた様な声だが、まあ上手く行ったことにしておこう。
「ユリスに許可をもらえたら詳細を詰めて、また人をよこすと思うからそれまでに決めておいてくれ」
「承知しました。ユリス様に宜しくお願いしますとお伝えください」
「ああ、分かったよ」
なんだかユリスの方が俺より、偉いと思ってそうな対応だったが、素直に了承して、家路についた。





