問題
暑苦しさで目が覚める。
暑さから逃れるように布団から出ようとするも引っかかりを感じたので、腰のあたりに回された手を丁寧に剥がした。
ベッドから出て、体の凝り固まった痛みを体外に逃すため、大きく伸びをした。
室内は未だ暗く、まだ夜か確認しようとカーテンを薄く開いて外を見た。空は白みがかってきて夜明けであるのがわかった。
カーテンの薄い切れ間から差し込む薄い青白い光がユリスのあどけない寝顔を照らした。
寝てたら可愛いのになあ。
普段とのギャップにいつもなら思うことはない感想を頭の中に呟く。
昨日、あれから、俺は部屋の外で隠れて寝ていたところ、ユリスに見つかり、小脇に抱えられてベッドの上に運搬された後、ユリスに抱き枕のようにされたのであった。
そのため、ずっと変な体勢でいたため体は痛くてしょうがなかったのではあるが、疲労に負けてすぐに眠りについた。ユリスも気持ちよさそうに寝ているところを見ると相当疲れているのであろう。
「ん……クリス様?」
ユリスが薄く目を開き、俺を見て呟いた。
気をつけたつもりだったが起こしてしまったか。
「ああ。ユリスまだ寝てていいよ」
「それもそうですね。まだ、早いですし」
そう言って、ユリスは片手で掛け布団を持ち上げ、開いたところのベッドをポンポンと叩いた。
「な、なに?」
俺がそう問いかけるもユリスは無言でベッドを叩き続けたので、渋々元の位置に収まることにした。
***
あれから少しだけ寝たユリスは起きると直ぐにキッチリと身だしなみを整え、いつものメイド服を着て来た。
「さて、クリス様。昨日言った通りに考えていただきたい問題があります」
「……うん。まあ問題なら一杯あるだろうね。一体、何があるの?」
問題があるというのに、やけにご機嫌に見えるユリスに、げっそりと答えた。
「そうですね。このまま口頭で答えてしまっても良いのですが、直ぐに対応できることでもありませんので、領内を実際に見て回りましょうか」
「そりゃ見て回った方がよくわかるし、それはいいんだけど。ユリス仕事は?」
「私の仕事は兄に任せますので気にしないでください」
昨日のちらっと様子を伺っただけでも忙しそうであるのはわかったため、心配して尋ねたが、何の逡巡もなくユリスは答えた。
まだ、会えてないけど大丈夫かなハル? 仕事に潰されてなければいいけど……
そんな心配をしているとドアが急にバタンと開き、見慣れた銀髪の男が入ってくるやいなや口を開いた。
「やっと帰ってきたんですね!?」
「ハ、ハルか? どうしたんだそんなに慌てて?」
ハルのあまりの勢いに面食らいながらも、その理由を尋ねた。
「そりゃ早くしないと、別の奴に労働りょ……クリス様を取られてしまいますから!」
そ、そんなにも忙しいのかよ……。
「兄さん。クリス様は私と領内を巡るという重要な役目があります。諦めてください」
「マジかよ……。それに私とって……?」
「はい。私がクリス様に領内を案内して問題点を解説しますので、私の仕事の分も兄さんお任せしますね?」
平然とそう言ってのけたユリスにハルは目に涙を溜めて縋るように俺を見てくる。
「すまないハル」
「クリスさまぁぁあ!?」
ハルの悲痛の声に押し出されるように部屋を出た。
そして、それからユリスと二人で街に出た。
街は未だ朝早いというのに活気に満ちていた。商人たちは決められた区分でそれぞれ商売しており、今から工事に向かうであろう人々や商人、はたまた貴族まで楽しそうに買い物をしていた。
一見何も問題がなく良い市場のように思える。
「なあユリス」
「なんでしょうかクリス様?」
「色々聞きたいことがあるんだけど、まずは、これだけの工事の人を雇う金はどこにあったんだ?」
「それはですね。安全を求める商人達からの出資です」
ユリスの思いがけない言葉に驚愕する。
「商人達から? こんなに出資してくれるほど大規模な商会がうちに来ているのか?」
「はい。出資は色々な商会からいただいてますが、火つけ役はオラール公爵家の御用商会です」
オラール公爵家の商会はこの国で1、2を争うほど大きいことで有名である。その商会の支援を受けてオラール公爵家は権勢を誇っていると言っても過言ではない。
それにオラール公爵家がうちに支援? ということはオラール家はうちが防備を固めることを推奨していることになる。未だオラール家の傘下につくと決めるわけではないのに、そんな事をするなんて不自然すぎる。
「この人数は商人達が集めているってわけか」
「はい。元々はパン事業や蒸留による香水や酒の製造に商人や人が増えていましたが、今はこの増えていく人が人を呼び増えていくようになりました」
なるほどな。この異常な人の増え方に仕事の量が増えているというわけか。
俺は再び探るように人の流れを見る。
「なあユリス。この工事に向かう人達は見たことはない奴も多数混じってるが信用できるのか?」
「私たちも不自然に思い、確認したのですが怪しいところはありません」
攻めやすいように穴のある工事をさせようとしているわけでもないのか。気は抜けないが、ただ防備を固めるのに手を貸しているのは間違いなさそうだ。
「オラール家の御用商会を案内してくれないか?」
「わかりました」
ユリスに導かれるまま大通りを歩く。すると、一際大きく、人の数も多い商店を見つける。
「あれが、オラール家の御用商会です」
「人が多すぎて見えないけれど何を売ってるんだ?」
ユリスは満足そうに答えた。
「よく気づきましたね。食料品ですよ。大量に安く売っているため、あれほどの人数を集めているのです」
俺は全てを理解した。
「関税をかけられないことに弊害が出たか」
異常に早く終わる工事の理由はオラール家がひたすらに集めた人である。
そしてその人達には膨大な食料を必要とする。そして、オラール家の商会が安く大量に食糧を扱うとなれば、食糧を扱う商人は自然と撤退していく。
さらに、人が人を呼び、人口が増えていく中、急に撤退されたらどうなるだろうか?
いずれ自領で賄えなくなり、食糧を輸入するしかない。そんな費用を使えば、人が増えるに連れて雇った人の人件費。拡大した工事の施設の維持費が払えなくなる。
そもそも戦乱になるというのに輸入できるだろうか。
「そうですね。食糧に関してオラール家の商会が独占状態になっています」
「自然と依存してしまうから、オラール家に従わざるを得ない状況になるってわけか」
それに工事が終わってしまえば、人は去るかもしれない。今いる商人達もそうなれば去っていき、拡大した設備や人件費から破産も考えうる。
「はい。こうなることは予想できましたが、商人達全員の安全を求める声を無視するわけには行かず受け入れるしかありませんでした。今は、時間を稼ぐため、大規模な工事を行わせています」
その判断は正解だろう。早く終わらせる工事をしてしまったら、また別の事を仕掛けてくるに違いない。
「解決するには食糧の問題と工事の人間が去らないようにするってことか……」
「オラール家以外の貴族への配慮もですね」
俺がため息をついて言った言葉にユリスが付け加え、再びため息を吐いた。





