帰宅
橋に並ぶ馬車の列の隣を抜けて、旅人や観光者など人のみの列に並んで警備による検査を待つこと約20分。
日はすっかり落ちたというのに、未だに俺の後ろには15人ほどの街へ入ろうとする人間がいた。
「それでは検査をはじめます……。まず、フードを外していただけませんか?」
「久しぶりだな。マクベス」
金髪の大きな体躯を持つ、子従士長のマクベスに言われるがままローブを外す。
「ク、クリス様⁉︎」
マクベスが驚愕を顔に浮かべた後、涙を流す。
「ど、どうしたんだマクベス⁉︎」
「や、やっと帰られたぞー! クリス様が帰られたぞー!」
マクベスが検問をしている警備たちに向かって叫ぶ。
「クリス様が帰ってきた?」
「ということは昔の生活に戻れる?」
「やったぁあああ!!!!」
警備たちが歓声をあげ、仕事を放り捨て俺に群がってくる。
「な、なんだよ一体⁉︎」
次から次へと抱きついてこようとする警備たちを全身全霊で避け受け流しつつマクベスに尋ねた。
「聞かないでくださいクリス様。あの地獄の日々を思い出したくないのです」
そう言って、マクベスは遠い目をした。
そんなマクベスの様子と全力を出さないと避けられなくなった警備の動きから大体のことを察する。
ユリスの訓練が厳しかったのだろうな。それにマクベスが警備の仕事をしているところを見るに訓練外に仕事も押し付けられてるんだな……
「よく逃げずにやり遂げたな」
「はい。飴と鞭も上手なんですよ。あの人は……」
本当にユリスってつくづく超人だよなあ。
警備たちを仕事にもどらせながら、小並な感想を思い浮かべる
「そんなことよりクリス様! 急いで領主館にお戻りください!」
「あ、ああ」
詰め寄ってくるマクベスに気圧されて承諾する。
「ではクリス様、急いで向かってくださいね! 急いで!」
帰りたくはないが、マクベスの強い眼差しに帰らなければならないという気持ちにさせられて急いで帰った。
***
いつかは、覗き見をしすぎて倒れこむように開いた扉を開く。
見慣れた玄関に涙しそうになるが、こんな想いもすぐに失せると思えば、涙は出なかった。
階段を登り、自分が領主になって寝る時間よりも長くいた執務室の扉を開いた。
部屋に入ると燭台の灯を炊いて、机に書類を広げ執務をしているユリスがいた。
学園に行く前となんら変わりのない部屋だが、椅子は玉座のように豪奢でめちゃくちゃ高価そうな椅子に変わっており、そこに座っているユリスは妙に様になっていた。
「ただいま。ユリス」
「クリス様」
ユリスは手を止め、輝くように美しい銀髪を整えて、ユリスは 端麗な顔をあげた。
いつも通りの無表情ではあるが、どこかむすっとしているように見えるので、気に触らないように気遣いの言葉をかける。
「学園に行っている間、取り仕切ってくれて本当にありがとう」
「取り仕切っているのはいつものことでしょう。他に何かありませんか?」
ま、まあそれはそうなんだけど……
ユリスがメイド長ってことを偶に忘れそうになる。それより、他のことってなんだろうか。
「えっと……」
俺が言葉に詰まるとユリスの雰囲気が余計に怖くなる。
早く思い出さないとやばい。
「クリス様が私に言わなければいけないことは二つあります」
ふ、ふたつも⁉︎ どうしようか全然思いうかばない⁉︎
「子爵家の訓練や塾生の訓練を任せたこととか、王都から兄さんたちを逃がすための秘密の経路を確保させたこととか、あと……」
俺は思いつく限りの酷な仕事を押し付けたことを口にしたが、ユリスの不機嫌なオーラは収まらなかったので素直に謝る。
「すいません……わかりません」
するとユリスが一つため息をついたあと口を開く。
「いいですか、クリス様。クリス様が言ったことは全てどうでもいいんです。クリス様が私に言わなければならないことは、学園にいる間なんの便りもよこさなかったことと、帰るのが遅かったことの謝罪の言葉です」
そこなのかとも何故わざと帰るのを遅らせたことがバレてるのかとも思ったが、変に問い返すと危険であると今までの経験が警鐘を鳴らした。
それに悪かったのは事実なので素直に謝罪する
「ご、ごめん。今度からはちゃんと手紙も書くし、まっすぐ帰るよ」
「そうですね。今度からは心がけてください。そうじゃないと……」
「そうじゃないと?」
途中で言葉を止め、顔を赤らめたユリスに、反射的に聞きそびれたかと尋ねたが、すぐに言いかけてやめたのであれば無粋なことをしたことに気づいて焦る。
「ご、ごめん! なんでもないから! 今日はもう寝るね! お休み!」
「お待ちくださいクリス様」
部屋を出ようとした俺をユリスが呼び止める。
「な、なんでしょうか? もう寝ようと思うのですが……」
「そうですね。明日からクリス様にお任せしたい案件が沢山もありますから。早く寝ることはいいことです。それにですね」
うっ。帰って早々大量に仕事を押し付けられることになるとは……
「私。常々思うのです。次からミスをしないというのは当たり前のことで、今回犯した罪は消えないと思うのです。クリス様は全く気にしなくても良いですが」
「ソ、ソウデスカ」
「私も風呂に入った後に寝ようと思うのですが、疲れてしまって自分の部屋に帰るほどの気力がのこっているかどうか……」
「タイヘンデスネ」
「ええ。ですから、クリス様の部屋で休ませていただくのも仕方ないことですよね?」
「……はい」
不満しかなかったが、許可する以外の道はなかった。





