帰省
ガタガタと揺れる振動に荷物と一緒に揉まれながら自領に入る。
今までは揺れが酷く乗せてもらう代わりに荷物を抑えるという役割を与えられ苦労した。
しかし、ここからは街道が整備されているため比較的揺れが少ないことに安堵する。
「へえ? あんちゃんも旅は続けず、ドレスコード領の街が目的地なのかい?」
旅人が愛用しそうな布を身にまとった俺に、気安く御者のおっちゃんは話しかけた。
最後の授業後、授業中にこちらを見て来ていたアリスやクレアに気づき、授業が終わるやいなや最速で教室から抜け出した。
その後、王都の関所は混雑するため、先回りされていれば避けられないことに気づいた俺は旅装束を身にまとって変装し、適当な馬車に乗せてもらうことでバレずに抜け出せたのであった。
それから、何日かかけて馬車を乗り換えつつ帰ってきた。
そして、新しく乗り換えたこの馬車の御者は俺のことを旅人かなんかだと思っており、気安く話しかけてくるのである。俺はそんな気軽な会話は嫌いではないので、馬車に揺られながら会話していたというわけだ。
「まあそうですけど、あんちゃんもって?」
「噂を聞いて行こうとしているんじゃないのか?」
「いえ。噂って?」
自領の噂とはなんぞやと気になったので尋ねることにした。
「あそこが最近、発展しているって噂だよ。俺もつい最近行ったんだが噂は本当だったぞ。あそこは食いもんは美味えし酒は強い。その上、街道が整備されているから馬車の車輪が壊れたり、ぬかるみにハマることもない。俺たち行商にとっては最高の場所だよ」
「へえ? そうなんですか」
「ああ。その上、街に入るのにも税がいらねえ。商品を売る際の税はちと高えが売れたぶんだけ取られるから、売れなくても安心できんだ。まあ、今あそこに持ち込んだら大体は売れちまうから最近は嘆くやつも多いけどな」
そう言って、御者はガハハと笑った。
「売り上げから引かれるなら、偽りの報告をしたらいいじゃないですか?」
「それが、そうも行かねえのよ。売買の報告書を書かされるんだけどよ、度々監査が来て偽りの報告だと見抜いちまうんだよ。法整備も行き届いてるから、すぐにひっ捕らえられちまうのよ」
「じゃあ、隠れて売ればいいじゃないですか」
「それもダメなんだよ。関税はねえが、入る時と出るときに荷物はすぐに改められちまう。服や馬車の底までがっちりだ。隠れて売っちまったら数で一発だ」
「賄賂とかは?」
「ダメダメ。なぜか解らないが、賄賂の話を持ちかけたら監査の奴らは青ざめて、すぐに警備の連中を呼んじまう」
「そうですか……」
どうやら、上手くやっているようだ。だけど、そんな仕事量で皆倒れてなきゃいいけど。
そう思索にふけっていると、御者は俺がまだ悪巧みを考えているのかと思ったのか忠告する。
「あんちゃん、悪いやつだね。悪いことしようと思うならあそこに行くのはやめときな」
「まあ悪いことはしないようにします」
「ガハハ! 人間真面目が一番だ!」
俺が素直に答えると気を良くした御者は大きな声で笑った。
そんな世間話をしながら馬車に長く揺られていた。
「おい、見えたぞ」
「へ……?」
御者の声で目がさめる。自領に帰ってこれた安心感からか、寝てしまっていたようだ。
起こそうとしなかった御者の優しさに感謝しながら体を起こす。
「あれが街だ!」
御者の指差す方角を見ると街と畑の境界線を作るかのように、堀が掘られており、低い壁が積まれているのが見えた。明らかに城郭の工事中であった。
「ここどこ?」
目を背けたくなる現実に、一縷の望みをかけて御者に尋ねた。
「はあ? だからドレスコード領の街だよ」
「……」
「どうしたんだ言葉を失くしちまってよ。発展の具合に驚いちまったか?」
「……」
「はっはっは! 無理もねえよ! 俺も最初、驚いちまったからな!」
確かに驚いて声も出ない。だけど、絶望の成分も強い。
どうすんだよこれ……。
周りの貴族になんて言い訳すればいいんだろうか……。
それに、お金は? ここまで大規模なら人員は?
途中で考えるのをやめてしまったが、問題が山積みになっていることと、自領でもゆっくりするのは幻想であることは明白であった。
「ほら、今日もいい時間だから馬車の列ができてやがるぜ」
いつの間にかできていた橋に綺麗に一列に馬車が並んでいた。橋は粗末なものに見えたが、これだけの馬車の重さに耐え切れるほど頑丈なことがわかる。
たった半年近くだというのにどれほどの人員を酷使すればできるのだろうか。
「なあ、おっちゃん」
「なんだよ、あんちゃん?」
「今日さ宿の予約取ってる?」
「ん? まあな」
「俺も一緒に泊めてくれませんか? 金なら払いますから」
「俺も泊めてやりてえのは山々なんだけど、一人分で予約してあんからなあ。今はどこも一杯だと思うから頑張って探さないとだぜ」
そんなに、人が集まってるのか。余計に気が重くなる。帰るしかないか。
「ありがとう。おっちゃん。ここからは歩いて帰るよ」
「おい、いいのかよあんちゃん。見えてるとはいえ、結構歩かなきゃだめだぜ?」
「いいんです」
だって、俺の安息の時間はここから見えているあの街に入るまでだから。
「わかったぜ」
御者は馬車を止め、俺が降りたのを確認すると「じゃあな、あんちゃん!」と言って走って行った。
ふと空を見ると夕陽は沈みかけ夜に侵食されようとしていた。





