結果発表
1階の広い廊下の壁に向かって固まる人の群れに入り、人の合間をかいくぐる。そして先頭に立ち、目的の掲示板の前に立った。
今回のテストの結果が掲示板に張り出されていたのだった。
テストの結果は、成績順に上位30人の名前が並べられ、結果は科目別の得点と総合得点が書かれていた。
教えて来た人間の全員の名前を見つけ、ふと目の前が霞む。
ああ。俺なんとかやりきったよ……。
心の中が安堵なのか達成感なのか開放感なのかわからないが、嬉しい気持ちで一杯になる。
中間テストまでの時間は本当に地獄だった。
いつも嫌味を言ってくるアルフレッド、いつまでも帰してくれないクレア、度々王家の人間に邪魔されながら全教科教えさせられたアリス。
どれか一つ思い出すだけでも辛すぎて涙が溢れてくる。それでもその生活も今日で終わりだ。これで自由になれる。
ぼやけた視界が、段々と焦点があって来て、順位を確認する。
キユウとユスクが同率で10位、アリスが5位、クレアが2位であった。
ちなみにミストは結果に載せられるギリギリの30位に入っている。
我ながら自らの偉業に勲章を与えられても良いのではないかと思う。テストの結果から見ても、教えてない人の歴史の点数は大体30~40なのに対して俺が教えた奴等の点数は全員が90点以上である。その差が順位に大きく影響したのであった。
事実を再確認し、また涙が溢れて来た。
本当に良かった……。本当に良かった……。
「先頭の人めっちゃ泣いてる」「あれ確か1位のクリス君だよね」「どれだけ1位が嬉しいんだよ……」
周りから聞こえる勘違いもあまりの嬉しさから、どうでも良かった。
しかし、このままずっとこの快感に打ちひしがれていたかったが、結果を見ようとする人の背後からの圧力が段々と強くなっていき、いつまでも感慨に浸っていられない事を悟る。
仕方がないので、狭いスペースになんとか空間を作り出し、歴史の点数が高い人間の名前のメモをとる。
そして、メモを取り終え、集団から抜け出すとキユウとユスクにバッタリと遭遇した。
「おっ、クリス君じゃん」
ユスクが軽く手をあげ、気安く挨拶してきた。
「ユスクとキユウも結果を見にきたの?」
こちらも気安くそう尋ねる。
今回の中間テストで一番得をしたのは、この二人と仲良くなった事だ。
ユスクはその明るく軽い性格から友達が多く事情通で、度々世間話で俺にどこの家がどこどこの家と仲良くしようとしているなど学生を通じて知った事を世間話として教えてくれる。
キユウは、俺のことを認めてくれたのか、再び勉強を教えて欲しいと言われ了承した。すると、翌日にはサロンに俺がいつでも来ていいかの許可をアルフレッドに頼んで得たらしく、キユウを通して俺は自由にアルフレッドのサロンに出入りできるようになった。そのことによってオラール家の派閥を探りやすくなったのだ。
でも、それらは別にキユウやユスクじゃなくても別の方法で調べられるので、それで得をしたってわけではない。高位の貴族家の二人と繋がりができたことに喜んだわけでもない。
俺はただ友達ができたことが途轍もなく嬉しかったのだ。
「そうだ。未だ結果は見ていないが、歴史のテストではクリス殿に教えてもらったところが丸ごと出てきたので手応えは感じているから少し楽しみにしている」
「そうそ、俺も最初クリス君が先生の論文をひたすら解説して暗記させようとしてきた時は焦ったけど、テストがまんまその通りだったからビックリしたよ〜」
「歴史で難しいテストって言えば思考力の問題くらいしか考えられなかったからね」
愉快そうに笑うユスクに適当な理由を並べ立てた。
そのテストを目茶苦茶苦労して出させたという事情があるのだが、変に気を使わせたくないので秘密にしておくことにしたのだった。
ユスクとキユウは俺を褒めてから「じゃあ、俺たちは結果を見てくるよ」と言って集団に入っていった。
俺は反対に自らの教室に向かって足を進める。
この結果発表を終えると、授業後、長期休暇に入る。
久しぶりの帰省に心が踊る。領内にいた時には領内の仕事やユリスが怖くて、何度領外に出ようかと考えたものだが、今となれば、郷愁の念からかユリスにすら一刻も早く会いたいと思える。
ユリスにほとんど任せてきたけど、大丈夫かな。みんな過労で死んでないかな。
そんな事を考えながら教室へと戻ろうと軽い足取りで階段を登っていると、浮ついていたせいかメモを手から滑らせて落としてしまう。メモはひらひらと階段の下へと落ちていき、階段の裏へと消えていった。
あーあ。見られて困るものじゃないけど拾いに行くか。
俺はメモを取りにわざわざ登った階段を降り、階段の裏を覗いた。
そこには、ひっそりと体育座りをした金髪の少女がいた。
「うわあああ! 幽霊⁉︎」
「ひっ……」
俺はいるはずのない存在に驚愕し踵を返し、即刻逃げさろうとした。
しかし、少女があげた怯える声は聞きなれた声で、まさかと思い確認する。
「ア、アリスか?」
「ク、クリス?」
呼びかけると反応したので間違いないようだ。
埃っぽくて暗い階段の裏で、この国第二王女は体育座りをしていたのであった。
「なんで、そんなとこにいるんだよ!?」
「私だってこんなとこに居たくないわよ!」
問いかけると口調を荒げて言い返してきた。
じゃあ出ろよ……。何でそんなとこにいるんだよ……。
俺は冷静になって言い返す。
「じゃあ、出ればいいだろ」
「だ、だって、成績が悪かったら皆んなの目が怖くって……」
アリスは弱気な声を出す。
だから、こんな所で隠れて居たのか。それに、1階にいるところを見ると結果は気になるのだろう。
俺は、そんなアリスに近づいて、手を差しのばした。
「えっ、クリスもしかして……」
そう言ってアリスは、起こしてもらうのを求めるように、俺に向かって手を伸ばしてきた。
しかし、俺はアリスの手を取らず、アリスのそばに落ちていたメモを拾いあげた。
「じゃあな。アリス」
別れを告げて教室へと歩を進めた。
何を勘違いしてるんだよ。最初から俺はメモに手を伸ばしただけだ。
それに、アリスがどんな状態であろうと俺には関係ない。折角解放されたのだ一秒でも長くアリスといたくない。面倒なことは当分勘弁だ。
「ちょっとぉおお〜!」
そんなアリスの悲痛な声を背に教室へと帰った。





