歴史の先生と対談
「という事でミスト。ちょっと余計な条件がついたがこれが俺たちの契約書だ」
目の前にいるミストは夕日に照らされた桜のような美しい髪を揺らせて、俺からを勅令書を受け取り、立ったまま読み始める。
この人気のない廊下であっても、学生特有の楽しそうに別れの挨拶を告げる声が遠くで聞こえた。窓の外を見ると固まって下校している生徒や、楽しそうにふざけあっている生徒が青春を謳歌していた。
そんな中、俺はミストを教員棟に繋がる廊下に呼び出したのであった。
「あはは……本当に余計な条件がついてるねぇ」
ミストはいつもとは違った乾いた笑い声をあげ、苦々しい笑みを浮かべて俺を見た。
本当にアリスが嫌いなんだな。だけど、ここは飲んでもらうしかない。
「これで何とか」
俺は恥ずかしげもなく、頭をさげる。すると、ミストはいつもの様にカラカラと笑って、言葉を吐いた。
「仕方ないなぁ。まあでも、逆に都合がいいかもね」
ミストの言葉に疑問を覚える。
逆に都合がいいってどういうことなのだろうか。一体、何が目的でうちに旅行しに来たいだなんて条件を出したのだろう。
ミストの思惑が見えないことに恐怖心が芽生えたが、どれだけ考えても解らないので、気にしないようにと自己暗示をかけた。
「これを手に入れるのは苦労したんじゃない?」
ミストは勅令書をつまんで、ひらひらと雑に揺らし、茶化したような声でそう言った。
「まあね……」
確かに、サインを貰うのにも苦労した。しかし、その上サインを貰ってからはアリスに用はなかったので即行帰ろうとしたのだが、アリスがごねついて来て解放されるまで長かった。もちろん勉強は一切していない。
「あははは。だろうねえ。で、こんな所に呼び出したって事は今から歴史の先生のところにでも行くつもりなのかい?」
「その通りだよ」
そう、今から歴史の先生が帰宅する前に捕まえる必要があったのでわざわざミストをここに呼び出したってわけだ。
同じクラスなんだから一緒に行けばいい話なのだが、昨日クレアのせいで目立ったので、これ以上は目立ちたくはなかったためミストを呼び出したのである。
「じゃあ、早速行こうか」
そのまま何気なく教員棟へと歩き始めるミストに驚愕する。
「え? 何も聞かなくていいの?」
俺がそう呼び止めると、ミストは桜色の髪からふわりと爽やかな甘い香りを放ちながら振り向いた。そして、ミストは心底楽しそうに口を開く。
「私はクリスくんを信頼してるからね。知らない方が楽しいじゃないか!」
ミストの言葉にそれもそうかと納得する。
そういえば、ミストはこういう奴だったな。謎の信頼は気が重いが気にしても仕方ないか。
「そうか。じゃあ行こうか」
「うん」
二人並んで夕日に照らされて輝く道を歩いて行った。
***
「失礼します」
「おお、これはドレスコード君とミスト様ではないですか。今日はどういった御用で?」
積まれた本の影からのっそりと出て来た歴史の先生が、目を丸くして俺たちを見た。
先生の部屋は、沢山の分厚い本が部屋中あちこちに収納され、それでも狭しと机の上に積まれていた。
この学園は教師一人一人に狭くも部屋が用意されているのであった。
「あの、ちょっと勉強のことで聞きたいことがあってお時間よろしいですか?」
「さすがはクリス君じゃのう。若者が勉学に励む事は良い事じゃ」
そう言って先生はほっほっほと長い白ひげをさすって笑う。
どうやら話は聞いてもらえそうだ。
「それでは……」
俺は歴史の難しい質問をし続けた。それに対して先生は丁寧に教えてくれた。
「質問に答えていただいて有難うございます」
「何の何の。これも教師の務めじゃて。今回は難しいテストを作ろうと思うのじゃがクリス君は大丈夫そうじゃのう」
よし!先生からテストの単語を引き出せた。今までの質問は自然な流れに持って行くための時間稼ぎにすぎない。
俺だけが大丈夫じゃダメなんだ。だから俺は考えていた問いを投げかける。
「先生は、本当に難しいテストってなんだと思いますか」
「本当にテストってことは難しいのう。そもそもテストというのはその人が学問に対してどれほど力をつけたか試すものじゃからのう」
「学問の力ですか? じゃあ歴史って何の力になるんですかね?」
歴史がなんのために学ぶかこの先生から聞いたことがあるが、あえて惚けた。
「それはじゃな。歴史は過去の歴史を知ることによって、それを教訓としてこれからをどう生きるかのを考える力になるのじゃ」
「それならば、どう生きるか、その答えを自ら導くことが本当に歴史を学ぶことというわけですね! 出来事を知るだけなら暗記しなくても、ただ教科書をひらけば良いですもんね!」
「その通りじゃ!」
先生が嬉しそうに笑った。俺も内心ほくそ笑んだ。
そして、俺はミストにアイサインを送る。すると、ミストはニヤリと笑い口を開く。
「そういうことだったんですねえ。テストの意味っていうのは、そのひとの力を試すことにある。ただ、暗記しただけで歴史という学問を学んだのを試すことになるのか疑問に思ってたのですが、理解できました」
どうやらミストは俺の意図を汲んでくれたようだ。流石はミストだな。
「でも、それはとても難しいですね」
「クリス君、弱気になっているのかい? 難しくてもそれが歴史なんだからやりがいがあるんじゃないか?」
「それもそうだね。ミスト」
俺たちの茶番に先生はハッとした表情になる。
「そうじゃのう!今までのテストは歴史という学問のテストとして不十分だったのじゃ!今回、難しいテストにするのじゃからそう言ったテストにしようかのう!」
よし!上手くいった様だ。
作戦通りにことが運んだ。敬うべき、主家のミストを同席させて頷かせ、このテストを期待させることによって教師もこのテストを作らざるをえない。
唯一の問題である、この教師が俺の考えを間違っていると感じれば、このテストにしないだろうが、今の反応を見ている限りこの問題は取り除かれただろう。
これで、俺は、歴史という膨大な暗記科目をさせずに済むことによって時間の問題は解決。
さらに思考力のテストに変えることによって、この歴史からこれからの行動を学びどう生きるかというテストは、これから戦乱が起きる上で、重要な力になる。
だから、この自己研鑽に努めてきた老賢者が作る難しいテストの点数が良い人間は、これからの戦乱で、生き残るまたは、活躍する人間になるだろう。
こういった人間の多い方が優勢になるのは日を見るに明らかだ。中には、家を守るために裏切ったりする様な人間であるかもしれない。だが、そんな人間に対しても賢く正しい判断をする人間で、最初から油断できないやつだと情報を与えてくれる。
俺は、絶望に突き落とされた地獄から天国まで引き上げられた様な快感に酔いしれるのであった。
「それでは有難うございました」
「いやいや、こちらこそじゃ。たまには学生と話すことも必要じゃのう」
別れの挨拶をつげ、先生の部屋をさった。そして、すっかり暗くなった帰り道に、ふとミストに尋ねられる。
「あれで本当に良かったのかい?」
何でミストが俺にそんなことを聞くのかわからなかったので呆けているとミストが補足した。
「いや、クリス君に乗っかったけどテストは極めて難しいものになるけど大丈夫なのかと思ってね」
ああ。そのことか。
「こういった、思考力の問題を作る時に、一見答えはない様に思われるが、そんなことはないんだよ」
「へえ、というと?」
それは現代日本で培われた常識だ。出題者の気持ちになって考えることが答えになるのだ。
「人は、孤独から抜け出したいという強い欲求がある。だから、自分の存在を他人に認められる事で幸せを感じる。また、人は、他人を陥れてでも、自分を正当化する。つまり、自分と似た考えを回答すると、採点者は『自分と同じ考えを持つ。自分の考えが肯定された、自分が認められた。自分の考えは正しい』と幸福に陥り、自然と問題用紙に丸がつくっていうわけだ」
ミストが感心したように頷く。
「なるほどねえ。じゃあ先生の考えを知ればいいってわけか」
「うん。あとは、この先生の今回の範囲の論文から導き出される答えを暗記させれば自然と回答になるってわけさ」
俺が自然にそういうと、ミストは口に手を添え、可笑しそうにクツクツと笑い始める。
何か変なことでも言っただろうか?
「あははは! やっぱりクリス君、私と婚姻しようよ!」
「じ、自分こっちなんで〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
何の脈絡もなかったのにどうしてそうなるんだよ!
俺は全力で走って逃げ去った。





