クレアの勉強会3
さて、どうやって逃げようか。
冷静になって、解決の糸口を探すためにも情報を整理する。
整理していくと大体のことが見えてきた。
まず、クレアは俺と一晩中勉強するクレイジーな考えである。その上、俺に下の名前を呼ばせようとして、距離を詰めようとしてきている節がある。
仮にも大貴族の娘なのだから制服の1着や2着くらい用意できるはずで、着替えだとしてもドレスを着てくるのもおかしい。
これらのことから考えるに、実はクレアは俺を嫌っているのではなくて好印象を抱いているということだ。
正直、クレアに好印象を抱かれていることは子爵的には嬉しいことなのであるが、個人的には嬉しくない。だって狂気的なところが垣間見えてるんだもの。
それは置いといて、クレアが好印象を抱いているどころか俺を好きであるとした場合、クレアに取り入ってアルカーラ家と縁戚になれるかもしれないが、デメリットが多すぎる。
そもそも、アルカーラ家が戦乱で勝ちそうな陣営にいるかどうかも判断しかねるし、それに、クレアが関わりを持とうと近づこうとしてきた場合、他の貴族の嫉妬の的になるのも厳しい。
他にもいざ他の陣営につこうとした時にあんなにクレア様に想われておきながら裏切るなんてとでも思われれば目も当てられない。
そして何よりもクレアと婚姻なんておぞましくて絶対にしたくない。俺は飽くまでスローライフを目指してるんだ。戦乱をいなして生き残り、穏やかな生活を絶対に掴み取るんだ!
話はずれてしまったが、仮に好印象を受けているとしてもアルカーラ家の勢力図を測る上で、適度な距離を保ちつつ、あまり関わらないことが重要である。
そういう意味で今回逃げるにあたっては、好印象であるかどうか、もしくはその度合いを測りつつ、逃げることがベストだ。そうと決まれば実行あるのみ。
「とりあえず、勉強始めましょうか」
長い思考の末、クレアに声をかけてから自分の席の椅子に座った。
「ああ!」
そう言って、クレアは嬉しそうに前の席の椅子に逆向きに座り、鞄から教科書を取り出そうとした。俺はそんなクレアを止める。
「あ、教科書は出さないでください」
「何故だ?」
クレアは愛くるしい小動物のように首をかしげた。
「今日は初めにですね。失礼ながら、クレアの実力を確かめさせていただきたいと思いまして」
「そうだな! クレアの! クレアの実力を確かめてくれ!」
かなり不敬なことを言っているのだが、そんなところに気づくそぶりもない。それどころか、自分の名前を復唱しているところを見ると俺の仮説を確かめる前に証明されてるのではないかという気持ちになってくる。
「……それでは、これから問題を出すので答えていただけますか?」
「勉強を教える上で生徒の実力を測るのは大切だからな! 私も本気で答えよう!」
クレアは目を輝かせてそう意気込んだ。
ちゃんと問題を出す意義を理解できてはいるから、混乱してるってわけでもないのか。じゃあ、これは素のクレアなのか……混乱していて欲しかった。
それに、そんなに意気込んでいるところ申し訳ないけど、クレアなら答えられるくらいの問題しか出すつもりはない。
「じゃあ、歴史から一問目、現在のグモド王国の前身の王家の宝具は?」
「現在は失われているが、宝剣だな。魔法は若返りの魔法だな。当時の王が長く戦い続けられたのはこのおかげだな」
「満点です」
「まあな。この程度なら朝飯前だ」
そうだろうな。補足説明まで付け加えてるし。でも、問題の難易度を変えるつもりはない。
「それでは、続けますよ」
「ああ! なんだか二人っきりで、問題を出して答える感じ、すっごく良いな!」
「そ、そうですか。じゃあ行きますよ」
それから、めちゃくちゃ嬉しそうに答えるクレア相手に簡単な問題を延々と出し続け、案の定クレアはその問題全てを正解した。
「さすがですね。全問正解ですよ」
「そんなに難しい問題だとは思えなかったんだが?」
クレアが猜疑をはらんだ視線をぶつけて来たので、慌てて褒める。
「いやいや、すごいですよ!」
「そ、そうか。学年トップのクリスが言うのならそうかもしれないな」
俺のお世辞にクレアは恥ずかしそうに頰を掻いた。
さて、ここからが本番だ。
「いや〜、本当にすごいですよ! 自分の出る幕はありませんね」
「え?」
クレアがあっけにとられたような顔になるが、構わず続ける。
「自分が教えられることはほとんどありませんね」
俺はそれだけ言ってクレアの反応を待った。
ここで終われれば、それはそれで良い。逆に引き止められるようなら、俺に好意を抱いているとわかる。
俺のことを良く思っていたら、俺に利用価値がなくとも勉強会を長く続けようとするはずだからだ。
そして、長く続けようとするなら、それを逆手にとって逃げ切れる。
クレアが呆然とした状態から立ち直ったのか、慌てて声を上げる。
「ま、待って!行かないでくれ!」
クレアは、そう言って俺の制服の右の袖を握った。引きちぎりそうな勢いで引っ張ってくるので、上半身がビーチフラッグをとる寸前みたいに厳しい姿勢になる。
机が凄い勢いでクレアの座っている椅子にぶつかり、逆側は、じわじわと俺の腹にめり込み始める。
姿勢がキツイし、めちゃくちゃ痛い!
俺はなんとか抜け出すために、早口で考えていた言葉をまくしたてる。
「ま、待ちますから!引っ張らないで!クレアに今日中に教え切ってしまいそうで怖いから、もっと勉強してくるんで今日のところは解散にしましょう!」
俺が言い終えるとクレアはすっと俺の裾を離した。急に離されたので俺の上半身は机になだれ込むように倒れた。
そんな俺が見えていないのかクレアは顔を赤くしてデレデレし始める。
「そ、そうか。教え切るのが怖い、怖いか〜。今日だけじゃ足りないということだな。仕方ないなぁクリスは。そう言うことなら仕方ないなぁ」
俺はクレアが怖いんだよ……
twitterの方に投稿予定あげてます。興味あれば、是非。
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