クレアとお勉強1
「今日はここまで」
最後の授業が終わる。
教師が教室から出て行くや否やアリスが立ち上がり、これ見よがしに俺を睨みつけて教室から出て行く。あの後、アリスは次の授業に30分ほど遅刻したので、怒っていることは明白であった。
そして、ちょっと来いというふうに、俺を校舎裏に呼び出すため、睨みつけて教室から出ていったのだろう。
まあ、無視するのだが。そんなことより、クレアの方が大切だ。
結局、授業が終わるまでクレアから何も言われなかった。
ここまで来ると、むしろパーティに行くのに一旦家に帰って着替えて来ても間に合うんじゃないかとも本当はパーティすらないのではないかとも色々思うところはあった。
しかし、思ったことを口にして下手に琴線に触れてしまっても面倒なのでただ待つことにした。
「じゃあ、クリス君、あしたはよろしくね〜」
カバンを手に明日の約束を確認したミストに丁寧に返事をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ミストは満足そうに頷いてから、元気に手を振って教室から出ていった。
明日、うまく行くかどうかで中間テストに関わる問題がうまく解決するかどうかが決まる。そのためにも今日アリスに約束を取り付けないと。
そう一人で意気込んでいるとクレアが近づいて来ているのが見えた。オレンジ色に染められた教室内に黒のドレスが映え、本人の美形も相まって有名な絵画のような美しさが感じられた。
「や、やあクリス」
あいも変わらず呼び捨てか。それにやあってなんだ、やあって。呼び掛けるのに使ったのはわかるが、俺にとってはやっつける時の掛け声にしか聞こえないよ。
「これはアルカーラ様。今日の勉強会の事でしょうか?」
俺はクレアと無駄話をする事を煩わしく感じたので、ストレートに尋ねた。
「また、アルカーラ様と……」
すると、クレアはボソッとそう呟いて、不機嫌な顔をした。
俺を足止めするのに失敗したためかと思ったが、呟いた言葉的にも足止めするならわざわざ声をかける訳が無いかと思い否定した。
なら、不機嫌そうにしている理由は何だろうか。ギリギリになるまで自分から勉強会を断る事を言いだせなかった位なので、俺がタイミングを詰めてしまったのが理由か。
はたまた、普通の女の子のようにドレス姿を褒められなかった事に対する怒りか。
でも、どちらも呟きの内容的に関係無さそうだなぁ。そもそも、褒めるのが貴族としての礼儀だけど、クレアは褒めると怒るしなぁ。あーあ、面倒くさい。
「……今日の勉強会、いまからしようと誘おうと思って」
俺がそんな風に思考を巡らせていると、クレアはどこか諦めた寂しそうな表情になり、肩を落として答えた。
どこか、捨て犬のような雰囲気を醸し出しており、罪悪感を感じる。
なんだこれ? てか、勉強会するのかよ。
「そ、そうですね。約束してましたし、行きましょうか?」
「……ああ。そうだな、ドレスコード子爵……」
や、やりづらい……。
何で急に名前呼びから変わったんだよ。いや、望んでたんだけど、こんなの嬉しくない!
「はは……。結局、私の独りよがりだったってわけか……」
なんか、自嘲気味に一人でボソボソ言ってるし。
いや、訳わかんないし。俺こんなのに今から中間テストまで勉強教えてくの?マジで?
ほんと、気遣いしすぎて死ねそう。
「し、失礼ながら、そ、その〜? 自分、何かアルカーラ様のご不快になるような事いたしましたでしょうか?」
余りのいたたまれなさと、今後を憂いた気持ちから俺がそう訊ねると余計にクレアの顔が暗くなる。
ちょ、マジでどうすればいいんだよ……。
ふと周りを見渡せば帰ろうとしている生徒が足を止めてこっちに好奇の眼差しを向けている事に気付く。
や、やべえ。クレアを落ち込ませたとか、おかしな噂を立てられる前になんとかしないと。
「そ、そういえば。今日はどうしてお美しい服装をしてらっしゃるのでしょうか?」
俺は何とか話を変えようと言葉を喉から捻り出した。
クレアは褒められると怒る。こんな、しおらしいクレアよりは怒っているクレアの方が扱い易い。
それに、怒らせたら今まで通りなので、クラスメイトもいつもの事かと思ってくれるはず。
「はは…。幻聴まで聞こえるようだ。距離の遠い人間から美しいなんて言われる訳ないじゃないか。そもそも私は武姫で名を轟かせてるんだぞ。美しいなんてほど遠い存在じゃないか。勘違いどころか私の耳までダメになるとは……。何を今まで舞い上がってたんだろう。自分と同じかそれ以上の強さの存在ならもしかしてとも思ったが、そんな訳ないか。はぁ、生きててもしょうがない気がして来た」
こ、怖えええぇぇ! 一人でブツブツなんかヤバイこと言ってるじゃねえか!
俺がどうしようもなく、周りのクラスメイトに助けを求める視線を送るとみながみな走りさってしまった。
くっそ逃げるな! 我関せずってか!? こんな爆弾俺一人に押し付けやがって!
クレアに視線を戻すと耳に手を伸ばしていた。
「ちょ、ちょっと待ったーー!」
俺はクレア両手首を全身全霊をかけて掴む。
ぐっ、力が強すぎる⁉︎
「な、何をするんだドレスコード子爵!?」
「何をするんだじゃねえよ!こっちが何をするんだって言いたいよ!?」
「そんなの決まってるじゃないか。ダメになった耳など要らないから引きちぎろうと思って」
「引きちぎろうと思ってじゃねえよ!怖えよ!マジで!」
クレアがそんな事言ってもなぁと呆れた顔をする。
何だよ!その顔!マジで言ってんの!?サイコ過ぎるわ!
別にクレアの耳が無くなろうとどうでもいいけど、今されたら確実に俺のせいじゃねえか!そんな事になれば学園で上手くやるどころか、居場所すら無いぞ!早く何とかしないと!
「い、今すぐ辞めてくれ!」
「何故だ?」
そう尋ねて来ながらも、クレアの手の力が弱まる気配がない。何でもいいわ!マジで!
「クレアの耳が無くなると俺が困るんだよ!」
「い、いま何と?私の耳はダメになってるんだ。もう一度頼む」
「だから、クレアの耳が無くなると困るっつってんだよ!」
「はぐっ」
俺が無我夢中で思ってることそのままに言うと、クレアは変な声をだして、急に腕の力が弱まりピタッと止まる。
何だその鳴き声。まぁ、どうでもいいけど助かった。





