ミスト!
「そこまで、知られている様じゃもう誤魔化しようがないか……」
「あれ?案外素直に認めたんだね?」
ミストが意外そうに目を丸くした。
「もう、隠しても無駄だと思ったからね。こっちの状況を正確に把握されてちゃ、これ以上続けても墓穴掘るだけだから」
「へえ?私に嘘をついた事がバレるのは、墓穴を掘る事じゃないんだ?」
「それは、ミスト様に気を使わせるのが忍びないという私の配慮ですので」
「したたかだなあ。君は」
「ミストには、及ばないよ……」
何も心当たりがないかの様にミストは首を傾げた。なんとも無邪気な動作に本当に心当たりがないのか不安になる。頼む、さすがに巫山戯てやっててくれ。
「で、私の手助けが欲しいんじゃないのかい?どうするんだい?」
ミストがひとの良い笑顔を浮かべ、迫ってくる。必死にこの笑顔の裏を読み取ろうとするも読み取れないので、諦めることにした。
「一体、何が目的で、俺に協力しようとしてる?」
「やだなぁ。クリス君が困ってて、猫の手も借りたいくらいだろうから、手助けしてあげようと思ってるだけだよ〜。こうにゃんにゃんってね」
そう言ってミストは、脇をしめ、両こぶしを軽く握って、もちもちして柔らかそうな両頬の側へと持っていって振った。
どこの猫耳メイドだよ……。めちゃくちゃ可愛いのが腹立たしい。それに、こんな仕草をして、目的の部分には、一切触れていないところがしたたかって言うんだよ。
「じゃあ、俺は何の見返りもなしに頼んでもいいってことかな?」
「いいよ〜。でも、それなら、私は周りに、クリス君が窮地に立たされた時に手助けしたって言いふらせてもらうだけだから」
こ、こいつ。俺が、手助けしてもらっておいて何もしない恩知らずだと周囲に広めるつもりか。そんな、ことを広められれば、当主の俺を味方につけようとする貴族がいなくなるどころか、貴族社会から爪弾き者にされてしまう。
一見、ミストに利がない様にも見えるが、ミストは、未だ幼い生徒たちの目には、見返りも求めずに、窮地の人間を救う義の人として映り、味方を集めやすくなるっていう利がある。
つまり、この交渉は、どっちに転んでもミストの勝ちで、情報を正確に知られた上で、俺の負けなのだ。なら負けを小さくするしかない。
「もし、俺がミストに手助けを求めたら何をしてくれるんだ?」
俺は、不躾にそう尋ねた。
ここで、ミストの手助けに何も価値がないと信じ込ませ、できるだけ、軽い条件でこの関係を契約してもらう。これが唯一の解決法だろう。ミストの方もこの交渉を俺が受け入れなければ、今までの行動は無駄になるため、受けようとするだろう。
俺としてもミストに手助けしてもらわないと困る。だが、そうやすやすとミストの提案をそのまま受けるものか。
「それを見出すのは私じゃないよ。君が見出すんだ」
ミストは、そう言ってカラカラと笑った。
はあ?そこまで開き直られるとこちらとしても拍子抜けもいいところだ。
「あの、ミストさんや?そんな風に言われましても自分に役に立たなければ、その提案を受ける意味がないと思うんですが……」
「別に、私としても必ずしも受けて欲しいわけじゃないんだよ。そもそも、私は好奇心からこの事を調べて結果的に君にたどり着いたわけで、それは過程から生まれた産物で、本質じゃない。受けてもらえばラッキー程度のものなんだよ」
なるほど。確かに、ミストの立場になってしまえばそういうものかもしれない。だけど、それならば逆に疑問が湧いてくる。これが、目的ではないとすれば、わざわざこんな事を持ちかけなければいいじゃないか。
俺がその提案を飲んだ場合、手助けという軽い干渉であっても、干渉する限りは、俺が失敗すれば、少なくとも責任が生じる。俺がミストに手助けをもらったと言いふらせば、信じる人が居ようと居まいと噂は残る。この噂は、学園という小さな社会の中では、大きなものとなるだろう。
それだけリスクを負うほど、大きな見返りを求めているのかとも考えたが、自分が役に立つところをアピールしないところを見るにそうではないのだろう。
「じゃあ、何で受けてもらえばラッキーと言い切れるんだ?俺が受けて、失敗するとリスクを負うのは間違いないだろ」
『じゃあ』という部分を正確に読み取ったのかミストは心底おかしそうに笑った。
「全ての物事は、できるかできないか、言い換えれば、勝つか負けるかの50%しかないんだよ。だから、どんなに優れた人でも落ちぶれるし、どんな愚かな人間でも王になることもある。そんな危ういリスクの上に立ってるんだから、それが今更どうだって言うんだい?」
なんて、偏った考えのやつだ。確かに、一理ないこともない。だが、それならミストは不必要に50%のギャンブルをすることになる。
「納得できてなさそうな顔だね。もう少し言えば、人の営みは、勝負事に溢れてる。例えば、さっきのクリス君だって、嘘がバレるかどうか、嘘をついた事をごまかせるかどうか、質問に答えてもらえるかどうかってね」
確かに言われてみれば、この一瞬でも数々の勝負を繰り広げたことになる。
「だから、私は一々勝負にリスクを考えて居られない。その勝負で何を得られるかのみを考えて生きてきた。だから、今回の目標以上に得られる勝負ができるならそれでラッキーって事だよ」
ミストは、いつもどおりにカラカラ笑った。俺の疑問を吹き飛ばすような笑みであった。
「それにね!勝負事はすんごく楽しいじゃないか!勝っても、負けても楽しい!それが一番の理由だよ!」





