ミスト。
俺は未だにごちゃ混ぜになった頭の中をなんとか整理する。今日一日で脳がごちゃ混ぜになりすぎて化学変化が起きて別のものにでもなってそうだ。でも、そのおかげで混乱耐性がついたようでだんだんと冷静になってきた。
さっき確かミストは『私と一緒に勉強会しようじゃないか』と言ったよな?ということは、俺とアルフレッド、クレア、アリスと勉強会を開くことを知られていることになる。
何故知られているのだろう?
確かにクレアと勉強会を開くことは教室にいたから聞かれていてもおかしくないけれど、それだけで手伝ってあげようと言うだろうか?この時の手伝ってあげるとは俺のこの窮地に立たされている状況から抜け出すのを手伝ってあげようってことだろう。
しかしこの際、猫の手でも借りたいのは間違いない。それにミストの手を借りる事が出来ればこの窮地を凌ぐ事がでそうな方法はある。
ただし、ミストが俺がこういう風に動けと言って動くような人間の場合の話だ。確かに誕生日会の時は指示通りに動いてはくれた。だが、あの時はミストにも利があったからだ。今回もその通りになるとは限らない。
それにミストの力を借りるなんて、わざわざ恩を超高額で買うようなものだ。唯手を貸してもらう訳にはいかない。
だが、逆にミストの目的が俺に恩を売ることではなく勉強会やその他に参加することならどうだろうか?ミストは紛いなりにも俺に手伝うと言っている。その事を逆手にとって行動を指定出来れば恐らくこの勉強会うまくいくはずだ。
方針は決まった。ミストの目的が単純に俺に恩を売る事が目的ならばお引き取り願って、別に目的があって俺を利用しようとしているならば、そのまま俺が利用し返してこの馬鹿げた勉強会をなんとかしてやろう。
よし!とりあえず目的を聞いてみよう。
「一体どういういう風の吹きまわしだよ。何が目的?」
俺は、心の中の動揺が悟られないようにできるだけ平静を装って尋ねた。
「いや私は優しいからさ。クリス君が困ってると思って手を貸そうと思ったんだけどいらなかったかい?」
めっちゃ欲しい!
今すぐ叫びたくなるほどの欲求に駆られたが、必死に拳を握りしめて我慢した。
ここで、易々と受け入れるわけにはいかない。だが、ここでミストを逃してしまうのも致命的だ。ここは、最悪多少の恩を買ってでもここは引き止める!
わずかに見えた光明が危険な橋を渡らせようと俺を惑わせた。
「そうだね。ほんのちょっとした手伝いなら欲しいかもね」
俺がそう言うとミストは心底意外そうな目をこちらに向けてニヤリと笑った。
「へえ。クリス君はすごいな。この国の王女と自分がいつ滅ぼされてもおかしくない力のある貴族の子弟からの頼みごとを守れそうにない事をほんのちょっとって言うんだね」
ミストはそう言ってカラカラと笑った。
俺はミストのどこか試すような挑発するような物言いにイラっと来たがグッと飲み込み耐えた。そして、怒りの感情が治まると今言われたことの意味が理解でき焦りと不安が生まれた。
落ち着け。何故、ミストがここまで正確に俺の動きを把握している?アルフレッドとの勉強会もまだわかる。今朝の校内の話だ。誰かが聞いていてミストに伝えていたとしても不思議ではない。
だが、アリスは異常だ。何故、アリスと勉強会をする事を知っている。部屋の前には保健医がいたはずだ。ミストが盗み聞きするにしても部屋の前以外ではできない立地になっている。これは、恐らく揺さぶりだ知っている筈がない。鎌をかけて来ているのにそのまま乗ってやるほど俺は優しいつもりはない。
「なんのこと?まあ、確かに勉強はするけれど王女とかは知らないよ」
「はあ。悪足掻きはみっともないよクリス君」
ミストは呆れたようにため息を吐いた。そしてポツポツと語り始めた。
「まず、歴史の先生だけどね。伯爵家の出身なんだ。まあ、バックがそれほど大きくないと今まで好き勝手に貴族の子弟を留年させたりして無事でいないだろうから薄々わかってたとは思うけれど。まあ、彼は生真面目で伯爵の娘の私にも答えを教えようとはしないんだけれど義理堅くてね。王様に言われて難しい問題を出すつもりだと教えてくれたのさ」
そんな裏があったとは。もう、正直ミストが確信を持って言って来ていることは理解できる。だが、ここで認めてしまうより長引かせてボロが出る可能性に賭けるために続きを尋ねた。
「そうか。それは気合入れて勉強しないとね。それがどうして勉強会に繋がるんだい?」
「なるほど。クリス君は悪いやつだなあ。気づいているのにとぼけるなんて。いいよ!乗ってあげようじゃないか!」
ミストが余計に笑顔になって嬉々として語り始める。
「歴史の先生の話を聞いた私は何故王様が歴史のテストを難しくしろって述べたのかを不思議に思って考えたのさ。まず歴史のテストは1年生だけのテストだよ。ということは1年生が対象だよね。その中で最も関係のありそうな人物といえばもちろんお姫様だよ。そもそも厳しい王家の現状や財政について理解できないようにお姫様には歴史や数学は教えてきてなかったんだよ。それなのにテストを難しくした」
まあ。そうだろうな。その事実があればアリス絡みだとあたりはつくわな。それに、今の王家の現状や財政を可愛い姫に知られたくはないだろう。しかし、歴史は何故隠す必要があるのだろう?
「それってさ、明らかにお姫様に悪い点を取らせに行く行為だよねえ。今の宰相と権力争いしている現状でわざと信頼を落としに行く行為をすると思うかい?そんな馬鹿な事、流石に今の王であってもしないだろうね。じゃあ何故そんな事をしたのか。貴族の子弟を留年させないように王家が手助けして恩をうるとか考えたよ。だけど、これはない。歴史の先生にはどんな権力も通用しない。だからこそ私は悩んだんだ」
「悩んだ末にどんな結果に辿りついたの?」
「ふふっ!答えは簡単だったよ。考えてわからなければヒントを見ればいいだけだったんだよ。だから私は、お姫様に変わった様子がないか調べようと早めに登校したら、視線がクリス君に集まってるっていうんだから、まあクリス君が関係しているんだろうと察したよ」
ああ、な〜るほど。アリスのせいか。本当にあのポンコツ姫どうしてくれようか……
「そこで私はクリス君を監視してわかったんだよ。それに、保健医は伯爵家の人間で、そいつを使って二人きりの状況にすることによってまんまと聞き出せたってわけさ」
カラカラと笑ってミストは続ける。
「まあ、誤算は保健医が寝ちゃった事なんだよね。実際、保健医の人は仮にも医者だから、お姫様に異常がないのは分かりきっていた。だから寝ちゃったんだと思うよ」
なるほど。普通に病気のお姫様とたかが生徒を二人っきりの状況にしておきながら自分は寝るっていう精神の強い人間なんて存在しない。そこで、何らかに仕組まれた状況だと気づいてもおかしくなかった。
「はあ。上手いことやられたってわけか」
俺は大きく息を吐いて項垂れた。
「うん。今回は私の勝ちって言ってもいいのかな?ま、そこまで分かれば後は簡単だよ。王が娘と同年代の貴族の子弟に対して、娘の評判を上げるために高難度のテストでいい点を取らせることができる。そして娘の評判が上がれば、より良い婚姻ができるという訳だ」
「それで俺を利用して勉強会のための部屋を用意したってことか」
「多分そうだと思うよ。姫様がクリス君と勉強して、点数が悪かったらなんでもするから勉強させてと言って、王様が悪い点数を取らせようとしたってのも考えたけど、あまりにもバカバカしすぎて考えから省いちゃったよ!」
ミストは冗談を自分で言って、いつものように本当におかしい様にカラカラと笑った。
「確かにそんな馬鹿な話はないわな」
俺もミストの冗談をケラケラと笑った。
活動報告あります。





