王城にて2
父は怒りを露わににして剣を引き抜いて扉に向けて歩き始めた。
な、なんで⁉︎こんな怒っちゃってるのよ!一体どうすればいいのよ!?
取り敢えずお父様に話を聞いてもらわないと!でも、どうやって!?
そう言えば、入学試験の時、私はカンカンに怒ってたのにどうしてクリスの話を聞いてしまったんだっけ?
なんだか、クリスの言うことをするうちに、流されて話も聞いていたような……
も、もうそれしか手はないし、取り敢えず試してみなきゃ!
私はわざとらしさが出ないように悲鳴をあげた。
「きゃあっ!」
足をすべらせるようにして、しっかりと地面に着くときに痛く無いようにゆっくりと手をついて自ら転んだ。
痛みは全く無く、上手に自ら転べたとは感じたが、本来の目的で上手く転べたか緊張しつつ、そっと父の顔を伺う。
「大丈夫か!アリス!?」
父は振り向き、私の方を見るや否や重い鎧をガンガンガンと速い音を立てながら駆け寄って来た。
私を覗き込む顔には驚きと焦りが浮かんでおり、私は自ら上手く転べたと確信した。
はぁ。なんとか上手くいった。
王城に入ってからようやく、私はほっと一息吐くことができた。混乱していた頭は、通常かそれ以上の落ち着きを取り戻す。
しかし、私は一瞬で気を引き締めた。
これからが勝負よ!まだ第一段階にすぎないわ!
私は気が緩まないように拳をぐっと握りしめてからその手を開き、上目遣いで父に手を伸ばした。そして、少し高めで、儚げに、媚びるような声でお願いした。
「お父様、お手を貸して頂けませんか?」
「あ、ああ。もちろんだとも。だ、大丈夫なのかい?アリスたん?」
父は私の顔色を伺いながら、おずおずと手を差し伸べてから、私の手をとり、私の身体を引き上げた。
父の硬く冷たい手甲に握られ、不快感に苛まれた。
しかし、ここは我慢と耐え忍び、何とか溢れそうになる拒絶の言葉では無く、次の段階への言葉を口から捻りだした。
「ええ。少し休めば大丈夫です。でも、立っていたくは有りませんから、すぐそこの会議室の円卓の椅子まで連れてくださいませんか?お父様?」
「あ、ああ」
そう言って、私の手を引いて椅子まで連れ行ってくれる。
「何だか子供の時に戻ったみたいですね!お父様!」
私が無邪気を装って笑いながら声をかけると父は嬉しそうにこちらを振り向いて口を開いた。
「そうだな!昔はよくこうしたものだ!最近はアリスたんが、近寄っても来ないからする機会が無かったけど。……おっと、振り向いてたら椅子にぶつかってしまった」
カツンと音を立てて椅子にぶつかった父は、机の下に背もたれ以外を隠していたその椅子を座りやすいように引き出した。
私は父に導かれるまま、その椅子にゆっくりと座った。
そして、私は隣の椅子を座ったまま引き出して口を開く。
「お父様も座ってはいかがですか?」
「アリスたんに椅子を用意されたら座るしか無いじゃないか!」
父は鎧の重さを最大限生かして素早く座る。
「お父様。さっきの話の続きなんですがお話を聞いて頂けますか?」
「うんむ。話を聞くだけなら聞いてみよう」
父から目的の言葉を聞き出した瞬間、身体の芯から達成感と安心感のこそばゆい感覚が、手先や足に走り、そこから身体の外へ出ようと暴れまわり手足が震えた。そして遅れて、満足感と幸福感が押し寄せ、視界は一瞬でブワッと広く、美しく、明るくなった。
やっ、やった!!やっぱりクリス凄いわ!!あんなに怒ってた父を落ち着かせて話を聞かせる事ができるなんて!!
後はちゃんとお話しするだけだわ!なんとかなったわ!
私は意気揚々と口を開いた。
「お父様。私はただ単純に勉強がしたいのです。私は、王家の者としてこの国を代表する立場にあると考えています。そんな代表があまりにも劣った成績を取る訳にはいけません」
「ふむ。まぁそれはそうであるが……」
「その為に、私は劣っている所を他人に見せ無い為にも、クリスに勉強を教えて貰いたいのです!」
「それは、クリスとかいうクソ野朗じゃ無くてもよいでは無いか。わしがどこか別の家庭教師でも連れてこよう。もちろん女のな!」
なんで、女ってところを無駄に強調するのよ……
確かに。別に家庭教師が他の人に言わなければそれでも良いのかも……。
でも、何だかわからないけどクリスに教えて貰いたい。
クリスとはそんなに長い付き合いでもないし、どちらかというと付き合いは浅いどころか、ほとんどない。それに、一緒に居ると腹が立つことも多いし。
……けど、不思議な事にその事も嫌いじゃない。っていうかその時間が好きだし、一緒にいると楽しいし、何だか幸せだなぁって思うからかも。
って何だかクリスの事を好き過ぎる重い女の子みたいになっちゃってるじゃない!そ、そんな訳ないわ!唯、クリスが学校で一番賢いからってだけよ!
家庭教師でもぜんっぜん問題ないわ!
「嫌!クリスと勉強がしたいの!」
私の口は勝手に動いてしまった。
父の方を見ると父は目に涙を溜め、世界の終わりかのように哀しそうな顔をしている。
「…そ、そんな…にそいつがいいのか?」
父は必死に絞りだした言葉を紡いだ。
「うん」
私は簡単に溢れ出すように即答した。
「……」
すると、父は項垂れて黙り込んだ。
無言の時間が少し流れる。
どれくらい時間がたったのだろうか。長いとも短いとまつかない静寂に父は何処か諦めたようなそれで持って厳しい顔をあげ、終止符をうった。
「そうか……。仕方ない勉強までなら許そう」
「本当!?ありがとうお父様!!」
私は嬉しさについ飛び上がってしまった。
「しかし!父親としては許したが、王家としては、それ以上は許すことが出来ないからな!」
「ん?どういう事?」
「まぁ、それはそれだ。勉強部屋にはちゃんと警備のついた最高級宿の一室を貸しあたえよう」
「本当にありがとうお父様!」
「まったく、これで成績が悪かったら肩叩きでもして貰おうかな」
「うんうんうんうん!ありがとうお父様!成績が悪かったら肩叩きでも何でもするわ!」
「…………………今、何でもするって言ったよね?」
「うん!成績が悪かったら肩叩きでも何でもするって言ったわ!!」
「クックックッ。これは、わしにもつきが回ってきたようだ!」
「?」
あれ?なんか今まで諦めたように何処か疲れた印象だったのに急に元気を取り戻したんだけど。
「いやいや何でも無いのじゃ。それより今日は早く寝なさい」
まぁいっか!私も疲れたし今日は父の言葉に甘えて早く寝よう!それに今度から父のお墨付きでクリスと二人っきりになれるんだから!うへへへ。
「そうね!おやすみお父様!」
「ああ!おやすみアリスたん!」
私は即刻部屋に帰ろうと軽い足取りで扉の外へ出た。
誰も居なくなった部屋で王と呼ばれる男は呟いた。
「……さて、どうやって邪魔して悪い成績を取らせてくれようか」





