視察
我が領は大きく交易都市とその周りを囲むようにできている大規模な農地。そこから南部にかけて閑散とした農村が点々と存在し、最後に遠浅の海に面した漁村があるだけで、領内の収入は交易都市に寄るところがほとんどを占めている。
今回の視察では、交易都市以外で収入になりそうなものを探す又は創り出し、なろう作家御用達のノーフォーク農法への移行を農村に浸透させることを目的としている。
「もうそろそろ、農村ですよ。クリス様。何か良い案は考えつきましたか?」
真後ろから綺麗ですっきりとした声をかけられると、こそばゆさでゾクリとし、それでもって何処か気恥ずかしさを感じた。
「いきなり声をかけないでよっ! ユリス! ほんとにほぼゼロ距離なんだから!」
「失礼しました。クリス様がそんなに敏感な方とは思いませんでした。でも、仕方がありませんじゃないですか。クリス様じゃ私の馬が歩いてくれないんだから」
そうなのだ。ユリスの黒王号のような愛馬は、俺が手綱をにぎると1ミリも動かず。ユリスが手綱をにぎると、意気揚々と巨体に似合わずリズミカルに軽い足取りで歩を進め始めるのだ。
「じゃあ、ユリスが前に乗ったらいいじゃないか! 手綱を俺の後ろから引くのでは無理があるじゃないか」
「いえ、全然無理はありません。私の黒帝ちゃんは賢いので手綱をそんなに操作する必要性はありません」
「いや、たしかに手綱はゆるゆるだけど…」
「では、問題ありませんね。無駄口叩く暇があれば、領内の地形でも必死で覚えてください」
いやでもそんなにくっつく必要は無いのでは? 俺的にはユリスの絶望的な胸がこの距離でやっと感じられた事に幸福感を得られて嬉しいからいいんだけど。
道中に中身の無い話をしていると農村が見えてきた。
「やっと着いたよ。案外遠かったね。馬上の旅は疲れるよ」
「そうですか。私はあっという間に感じたのですが、クリス様は長く感じられたと。そうですか……」
うわっ! なんかユリスから黒いオーラが感じられるっ! 心なしか黒帝も鼻をブルブル鳴らして怒っているように感じる。フォローしないと!
「いや、僕が長く感じられたって言うのは歳のせいだと思うんだ! 僕はユリスと7年も年下なんだから、ユリスが短く感じて僕が長く感じられたって言うのは普通だよ! 普通!」
「そうですか。クリス様はそういう事をおっしゃるんですね…」
うっ、余計にオーラが大きくなってる。フォローしたつもりが逆に怒らせてしまったか。
「ごめんっ! そんなつもりじゃなくて! ただユリスが後ろでくっついてきているもんだから、ドキドキして時間が止まったかの様だったから!」
というと、オーラは収束して逆にパーッとしたようなオーラが出たように感じられた。
「そうですか、それなら仕方ありませんね。あと、女性に年齢の話を持ち出すのは不躾なので二度としないようにしてくださいね」
「は、はい」
なんとか、乗り切ったようだ。
そんなことをしていると、見計らったように白ひげを蓄え歳の割に引き締まった身体が目立つ老人がでてきた。
「おお、ユリス様とクリス様ではありませんか! いつまで経ってもお二人はお変わりないようで安心しましたぞ」
「久しぶりだな村長。お前こそ歳食っても変わらずにその筋肉のまんまで驚いたぞ」
この男はここら一帯の農村を取り仕切る村長で、子供の頃から面識があり、ちょくちょく顔をだしている。それに、俺の名前より先にユリスの名前を出しているあたり、村長には珍しく領内の事情に通じていたりと賢い男なのだ。
「はっはっは! ユリス様に許可頂いた通り、開墾に開墾を重ねておりますからなあ!」
「……ユリス。ここら一帯が開墾をしているなんて話聞いたこと無いんだけど」
「そうですか。では、お伝えいたしました。それで何か?」
「いや、領主の許可とかあるじゃないか?」
「私が管理してますのでいりません。それよりノーフォーク農法とやらをお伝えしてください」
「はい……」
ユリスの行動を問い詰めたいが、地雷を踏みそうなので村長にノーフォーク農法への移行を要求した。
「うーん…それは失敗した時のリスクがあるのじゃ。上手くいかなければわしらは飢え死にじゃ」
「上手くいかなければ僕が食料を支援しましょう。それに成功すれば少ないですが報酬も出しましょう」
「そこまでおっしゃるのであればやぶさかではないのう。かしこまったのじゃ」
そこまで言って村長に笑みが浮かんだ。
「あと、何かここら一帯で育ちそうな作物とかないかな?」
と聞くと村長は渋い顔をして唸りながらいった。
「あるのはあるのじゃが……まあ、クリス様に一度見てもらうかのう」
というと家からささっと何か持ってきた。
「これは、道に迷った旅人が置いていったのじゃが、食べた者が酷い腹痛に苦しんだのじゃ。畑に植えると非常によくできるのじゃが」
と言って村長が差し出した物を俺は恐る恐るみた。
「じゃが芋じゃねーか」