宿屋での
あれから、宿屋に行くのを嫌がるアリスを長々と説得して誤解を解いた。誤解を解いた後に、急いで変装用の旅装束を自分の部屋から二着とって来て、片方をアリスに着せて宿屋へと向かった。
そして、何とか夕暮れまでには、宿屋に辿り着くことができた。
まだ、始まっても無いのに3日は寝て過ごしたい位に疲れたんだけど……
「そういやアリス?仮にも王女でしょ?護衛は?流石に学園にいる間は居なくてもおかしく無いけど、今は居ないと不味いんじゃ?」
「ダイジョウブ。ホント、ダイジョウブ」
アリスがそっぽを向いて答えた。
「不味いんじゃねぇか!送ってやるから今すぐ帰れ!」
あまりにも距離が近いから王女という事を忘れて宿屋まで連れて来てしまったけど、冷静に考えれば誘拐犯になる所だった。
「お願い!帰さないでぇ〜〜」
「うわ〜!掴みかかってくるな!」
俺は、掴みかかって来たアリスをヒョイと受け流した。その勢いでアリスはベッドに頭から突っ込んでボフッとした柔らかい音を鳴らした。
危ない、さっきの二の舞になる所だった……
「さぁ、早く帰るぞ」
俺はベッドに埋まったアリスに声をかけた。
「モゴモゴッ!」
「いや、何言ってんのかわからないよ。早く出てこい」
「モゴッ!」
アリスは埋まったまま断固として動こうとせず、布団に声を遮られたのか人ならぬ声で抗議した。
「モゴッモゴッ」
俺は布団からアリスをずるりと引っこ抜き、床に打ち捨てた。
「痛いっ!何するのよ!?」
「早く出てこないからだろ」
「だってぇ〜〜」
アリスが目に涙を溜めてこちらを見つめてくる。
そんな、アリスの縋り付くような視線に背を向け扉を開く。
「じゃあ俺は手続きしてくるから、それまでに荷物をまとめておいてくれ」
そう告げて扉を閉めた。
「絶対にここから動かないからね!」
アリスの言葉に耳を塞ぎ、扉を閉めて廊下に出た。
廊下は、一本の通路になっており、奥に大きな窓が1つと廊下の壁の両側には一定間隔で客室への扉が配置されていた。
そんな廊下をまっすぐに進み階段を降りると受付のある玄関口へと到着する。
俺は薄暗い廊下を歩いて、玄関の前にある受付へと向かった。
が、その時、突然、隣の部屋の扉が開いた。開くと同時に口に衝撃が走り、そのまま引きずりこまれて行く。
俺は未だ状況が飲み込めていないながらも我武者羅に口を塞がれている手を振りほどこうと抵抗した。
しかし、片手で塞がれているだけにもかかわらず、ビクともしなかった。
助けを呼ぼうと一気に大きく息を吸い込んだとき、突如、首元にナイフを突きつけられた。
「……助けを呼ぼうとすれば殺す」
俺は突きつけられたナイフのように鋭利な男の冷たい声に脅され、吸い込んだ息をゆっくり少しずつ吐き出して行くしかなかった。
部屋は灯りをつけておらず、暗い。他にも何か潜んでいそうな雰囲気を醸し出しているが、俺と男の呼吸音しか聞こえないため、部屋には2人だけであると理解した。
俺が息を全て吐き切るのを見たのか、男はナイフを突きつけるのをやめ、俺の首を絞めるように腕を回してから口を開いた。
「……私の質問に答えて貰おうか?」
男は俺の口を抑えていた手を離した。
俺は手が離れるや否や尋ねた。
「何が目的だ?お前は誰だ?」
「質問を許した覚えは無い。それに、そう身構える必要もない。返答次第では殺すかも知れんが、今の所は殺すつもりは無い」
俺を手放しで殺すつもりは無いということは、拉致による身代金目的か?
もしくは、アリスを狙っていて俺と間違えたか。
廊下を歩く人物を部屋の中から特定する手段は無いので、俺とアリスを誤認して襲った可能性はあり得る。
「ドレスコード子爵。部屋に誰といた?」
「へぇ?名前を知って貰えてるとは俺も有名になったものだなぁ」
「まぁ、返答次第では明日には有名になるだろうがな」
殺人事件の被害者としてってか……
「有名になるのは遠慮しときたいなぁ」
「そうか、では答えろ。部屋に誰といた?」
成る程。アリスが目的か。
下手な返答すると俺もアリスも危ないって訳か。
「知り合いですけど?」
「まだ、しらを切る気か?」
「嘘はついてませんけど?」
「では、その知り合いの名は?」
「俺は愛称しか聞いてないから」
「……チッ」
それからも、男の質問をはぐらかし続け、時間を稼いだ。時間に連れ、恐怖と焦りで回らなかった脳が段々と回転していく。
この男の口振りからすれば隣にアリスがいる事を知っている様だ。それに、変装している上で俺の名前を言い当てていた。という事は、誤認しているという訳も無さそうだ。
なのに何故、こんな質問をするのか……
それに、アリスが目的ならば俺に長々と質問する理由も無い。
だが、ドレスコード子爵に対する興味は無い。ならば、アリスと共にいるクリスとして用があるって事だ。
そうなれば、この男の正体が掴めてくる。
俺は何も危険では無い、この状況に安堵の息を吐くのであった。





