中間テスト対策
「ヤバいっ!もうこんな時間だ!早く学園へ行かないと!」
俺は、木で出来たオシャレな椅子から立ち上がり、ティーカップを円状のテーブルの上に放置して、寮の食堂から急いで出た。
何故、こんなに遅刻しそうであるかというと寮の食堂に朝から長々と居てしまったからである。
寮では、毎朝時間になると食堂でビュッフェ形式の食事が用意される。主な料理は茹でたプリプリのウインナーやフワフワのオムレツなどがある。そして、流石貴族の住む寮で出される食事はどれも大変美味である。
食堂で出されるものの中でも俺が一番気にいっているのはどんな料理でも無く朝から頼んだらすぐ淹れてもらえる紅茶である。
紅茶は、毎日、種類の異なる最高級の茶葉が用意され、プロが洗練された技術で紅茶を淹れてくれる。
あまり、紅茶が好きではなかった俺だったが、紅茶の落ち着きある甘味と上品な香りが身体を巡る快感に俺はもうやみつきである。
その為、ついつい飲み過ぎて終いには遅刻してしまったという訳だ。
俺は、急いで学園へと向かった。
☆☆☆☆☆☆
「我等が王国は大陸の極西部に存在し、元々小国ではありましたが、今から百年も昔、当時の王が近隣諸国を併吞し、今では大国として大陸に君臨しておるのじゃ。それではクリス君、その後の戦史としては何が挙げられるかのう?」
長く蓄えた白い髭を撫でながら老齢な歴史の先生は俺に尋ねた。
俺は、午前最後の授業まで座りっぱなしだった重い腰を上げて答える。
「はい。今から50年前に行われた隣国のトーポ帝国との戦争は序盤こそ我が国が圧倒していたものの国内で当時の王が逝去された為、急ぎ和解し、休戦する事になりました。その後、当時の王は親族が居なかった為、有力貴族であった現在のグモド王家に王権が移りました」
「うむ。宜しい。それでは、現在のトーポ帝国との関係性は?」
「現在は、オラール公爵家現当主のフリードリヒ=オラール様とトーポ帝国の第4皇女様との間に婚姻関係があるように我が国とは極めて友好な関係にあります」
「満点じゃ!流石は入学首席のクリス君だのう!座って良いぞ!」
歴史の先生はホッホッホと満足そうに笑った。
その先生の反応を見てクラスメイトから感嘆の声が上がる。
俺は、クラスメイトから向けられる敬意の視線に小さな自尊心を満たして悠々と椅子に座った。
しかし、敬意の視線を俺に送る中、真横からピンクの髪の美少女が大きな瞳を細め不満気にジトっとした視線を真横から突きつけてきた。
うん。ミスト怖いし、気づいて無い事にしよう。
「さっきのクリス君程では無いがもうそろそろ中間テストじゃ!勉強せねば落第もあるので勉強しておく様に!」
さっきのクリス君程という言葉に隣からの視線が更に鋭く突き刺さる。
うっ、そんなに機嫌を悪くしなくてもいいじゃ無いか。まぁ、一言で言うとミストの良い事で目立つな!って要求を前向きに検討するって言葉で誤魔化してる俺が悪いんだけどね……
ミストの方も、しっかり前向きに検討するという返事を聞いている以上何も俺に言えないので、フラストレーションも溜まるだろう。
「赤点を取った生徒は問答無用で留年じゃ!舐めてかかると痛い目に遭うぞ!」
先生は語気を強めて荒々しく生徒達を脅した。
しかし、その生徒達は先生の脅しに対して平然としていた。それもそのはずである。ここに入学して来た生徒達は、有力貴族と繋がりを持つ為に来たのである。その有力貴族と繋がる為には有能であることを示し、目を付け貰う必要がある。
よって、テストはその絶好の機会で、赤点を気にするよりかは順位を気にしているのである。
そんな中、先生の脅しなんかでビビるような奴なんているはずが……
ふと俺は周りを見ると蒼白い顔をして、目線を下に持って行っているアリスを目に捉えた。
まさか、ヤバいのか!?
ーーーゴーン、ゴーン、ゴーン
その時、授業を終える鐘が鳴った。
鐘がなり終わると老齢な教師の定型化された授業を終える挨拶を終えると昼休みになった。
長かった〜。朝から紅茶飲み過ぎてめちゃくちゃトイレに行きたかったんだ〜
俺は、早速トイレへと向かう。
学園のトイレは水洗である。便座の横に取り付けられたコックを引くと予め水を溜めておいた水槽からパイプを通して出てきた水が、汚物を地下へと流し込み、それを後から回収して処理するという装置である。
こういった装置を設置するにはスペースが必要で、現代日本のように狭い空間に何個もあるというよりは、多目的トイレが数十箇所にあるのに近い。
その為、誰かが使っていると使えないので、早くしたい俺は、滅多に人が来ない校舎裏にあるトイレへと向かった。
階段を降り、玄関を抜けて校舎の裏へと周ってから、離れにあるトイレを見つけた。
やっと辿り着いた。危うく漏れるところだった……
俺はトイレへ入ろうと近づいたその時、突然後ろからグイと引っ張られ、それに従って後ろ向きでコケそうになりながら歩いていく。
「ちょっと来て!」
「ってアメリシア様!?」
「周りに人がいないんだからアリスでいいわよ!」
アリスが顔を赤らめ上目づかいで答える。
くっ、我慢してて後ろに誰がいるかなんて気づかなかった。
俺は万が一にも誰にも聞かれない様に声のトーンを下げて話す。
「じゃあ、お言葉に甘えてアリス。トイレに行きたいから待っててくれ」
「嫌よ!前もそう言って逃げたじゃない!」
こんな所で誤魔化して逃げた弊害がっ!
「じゃあ、何の用だ?」
「私に勉強を教えさせてあげても良いわよ!」
アリスが踏ん反り返ってハキハキと言った。効果音にババーンという音が聞こえてきそうである。
「遠慮しときます」
こんな面倒くさい事やってられるか!
早く振り切ってトイレに行かないと漏れるっ!
「な、なんでよ〜!?お願いだから教えてよ〜!」
「うわっ縋り付くな!仮にも王女だろ!周りの目線を考えろっ!」
アリスが俺の腰をがっしりとしがみ付いてくる。
俺が解こうとするが何処からこんな力が湧いてくるのか全然解けない。
「大丈夫!ここなら周りに見えない位置にわざわざ引っ張ったんだから!ねえ教えてよ〜!」
「離してくれっ!アリスに勉強を教えたい奴なんて幾らでもいるだろっ!」
「嫌よっ!勉強出来ない私を見て失望されたく無いもん!その点、クリスなら私の事を知ってくれてるから気が楽っていうか、そもそもクリスに勉強教えて貰うのが嬉しいっていうか!」
「じゃあ、自分で勉強するか、教師を雇えっ!王女ならそれくらいできるだろ!早く離してくれ!もう限界なんだ!」
「嫌よ!クリスが良いんだもん!教えてくれるって言うまで離さないっ!」
「んなっ!?」
俺は必死に解こうとするが解ける気配がない。
「わかった!教えてやるから!早く離してくれ!」
「ホント?」
「本当!マジ!ガチ!真実!トゥルー!」
俺がそう言うとスルッとアリスが手を離した。
「ありがと。えへへ。じゃあ、放課後またここでね!」
「ああ!」
俺は、アリスのその言葉に走りながら返事をしてトイレへと走り込み、間一髪で危機を免れた。





