クレア侯爵令嬢からのサロンの誘い2
夕陽が射す廊下を2人で無言で歩いて行く。
未だ帰らず楽しそうに話している他の学生は俺達が近づく度に会話を中断し、俺達に視線が釘づけになる。
俺は何処と無く気まずく感じて夕陽が差しているのか顔を赤く染めているクレアに話しかけた。
「あの、アルカーラ様?部屋って何処にあるんですか?」
「此処の渡り廊下を通ればサロン用の校舎がある。そこの最上階だ。校舎の上の階になればなるほど権力の高い貴族が使う事になっているんだ」
クレアは奢った様子はなく淡々と答えた。
「爵位では無くて権力なのですか?」
「ああ。名ばかりの爵位ではなく権力だ。これは、昔政治や情勢の知らぬ貴族の子弟が爵位だけで有力貴族に喧嘩を売って痛い目を見たことがあってな。それで貴族の当主が皆懇願して作った制度だよ」
成る程。低位の貴族もどの人に擦り寄れば良いか解りやすいし、一石二鳥だな。
「へぇ。そんな事情があったんですか。じゃあ下の階のサロンに属したくない人もいそうですね?」
「いや、それは無い。そもそも部屋を貰えるのはごく一部だ。サロンに属するだけで一種のステータスだからな」
「ということは、サロンに属せる人は少ないと?」
!
「下手に人を増やして、サロンの人間が誰か問題を起こそうものなら、そのサロンの品位も疑われ兼ね無い。だから、そう簡単に人を増やせない。だが、サロンの人数を増やしたくない訳では無い」
「といいますと?」
「そもそもサロンに入るという事は派閥に入ると言う事だ。間違いなく多い方が良いだろう」
と言う事は、サロンに呼ばれた俺は派閥に入るってことになるんじゃ無いか?
不味いんでは無いか?
どうやって此処から逃げようか……
「そんなことより……そのだな。学園内では、あくまで形式だけだが身分の平等を謳っているんだ。そのアルカーラ様は辞めてほしい」
今から、引き返せば間に合うか……
いや、一緒にこのサロンがある校舎に入っているところを見られているはずだ。
間違いなくアルフレッドやミストはこの事を知るだろう。厄介だな。
「そ、そうだ!私の事はクレアと呼んで欲しい!私もク、クリスと呼ぶから!」
どんな罠かと思えば、俺と一緒にこの校舎に入る事自体が罠だったのか……
こうやって、自分の派閥に入っていると他の2家に思わせ、俺が他の2家に近づこうものなら侯爵家のスパイだという疑いをかけさせる事によって俺と他の2家との接触を防ぐという作戦か。
くっ気づくのが遅れた!
「な、なあ!?」
突然耳元でクレアの声が響いた。
「は、はい!?」
やばっ考え事してて聞いてなかった。
「い、良いのか!?よし!」
クレアが拳をグッと握っている。なにか、許可してしまったようだ。くっそ何をやってしまったんだ!?
「ク、クリス。ど、どどどどどうだ!?」
いきなり呼び捨てだと……!
一体俺は何に頷いてしまったのだ。呼び捨てされる程の上下関係を示す関係になる事を肯定したとでも言うのか!?
それにどうだ?って何がどうなんだ!?
「ど、どうだとは?アルカーラ様?」
するとクレアはムスッとした表情になって唇を尖らせる。
「むぅ。恥ずかしいのは分かるがちゃんと呼んで欲しい」
えええええ!!
俺が恥ずかしくなる程の呼び方で呼ばせようとして来てるのか!?
な、何て女だ!?上下関係が決まった途端に恥をかかせる呼び方までさせるなんて、嫌がらせを徹底して来やがる!
くぅ〜恥ずかしがらせる上に上下関係があるんだ。恐らくクレアの事を姫だの女王だのと呼べと!
仕方ない。解決策を思いつくまで呼ぶしかないか。
俺は意を決して口を開いた。
「わかりました。姫様」
「なっ!?ひ、ひめぇ?」
クレアが驚いて顔を夕陽のように真っ赤に染めて行く。
くっ、驚いて顔を赤くしているし怒らせてしまったか!姫様だけじゃ足りないという訳か!
「この私とは比べ物にならないくらい高貴な我が姫様!」
「わ、わぎゃひみぇ!?」
クレアはそう口から言葉にもなっていないような声を吐き出すと固まってしまった。
「あ、あの?」
俺がクレアに声を掛けるとギギギギとした機械音が聞こえてくるようにして来た道の方へ身体を回した。
「きょ、きょうのしゃろんはなしゅ!!」
クレアはそう言ってぎごちなく走り去ってしまった。
どうしよう滅茶苦茶怒らせてしまった様だ……





