クレア侯爵令嬢からのサロンの誘い
1日の最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「それでは今日はここまで」
先生が本をパンと閉じ、何処か、はやる様子の学生に対してゆったりと終わりの言葉を告げて立ち去った。
学生は、教室のドアから出ていく先生を見届けるとザワザワと湧き立った。
やっと終わった!
これから遊びに行く?
図書室で勉強しに行こうよ!
等の様々な放課後を楽しみにする学生のウキウキした声を俺は聞かない様にして、机の中に入った教科書を鞄へ運び、粛々と帰る準備をした。
昨日は、アルフレッドとの一方的に友好関係を築く事が出来たが、上級生のアルフレッドの行動を掴めないので、アルフレッドの居所がわからず、俺は未だにアルフレッドとの交友が出来ずにいた。
まぁその内、アルフレッドと仲良くしてる様に見せる場面も出てくるから、皆にアルフレッドに睨まれてないよ〜ってアピールできるからいいや。それさえ出来れば、俺に対して近寄り難いと思っている奴も手のひら返して来るだろうし。
俺は、鞄の中にきっちりと教科書を詰め込み教室を立ち去ろうとすると後ろから声をかけられた。
「ドレスコード子爵。少しいいか?」
「はい?」
振り向くと教室に射し込む夕陽を受けて黒髪を美しく煌めかせた少女が居た。
「この後、何か用事でも?」
「い、いえ。有りませんけど」
俺は突然の問いかけに少しどもりながら答えた。
なんの用だろ?反射的に本当の事を言ってしまったけど用事でもあると言っておけば良かったか……
「そうか、ならこれから私のサロンに来ないか?」
俺の返答を聞いたクレアは、顔に明るい笑みを浮かべて言った。
「サロン?」
「ああ。入学前から申請していた部屋が使えるようになってな。そこで、お茶会を楽しんだり、雑談に花を咲かせたりするんだ」
「はあ……」
詰まる所、日本で言う対して活動もしない癖に放課後菓子食って駄弁ってるなんちゃって茶道部のようなものか……
「それでどうだ?」
クレアが期待を込めた目で真っ直ぐ俺を見つめながら誘ってくる。
俺の事を嫌っているであろうクレアがこうイキイキと誘ってきたのだ。罠の可能性が高いであろう。それにミストやアルフレッドにクレアとの要らない誤解を生むのも面倒である。
答えは勿論ノーだ。
「すいません。今日はちょっと体調が優れませんので失礼ですが帰らせて頂きたいと思います」
「そうか……」
クレアは、誰が見てもハッキリとわかるほど肩をガックリ落とした。
どれだけ落ち込んでんだよ……
そこまで落ち込むなんて、俺をどんな罠に嵌めるつもりだったんだ。もし、行ってたらと思うと怖くて震えてきたわ。
まあでも、これだけ落ち込まれるとなんだか罪悪感が湧いてきたな。一言告げて帰るか。
「すいません。行きたいのは山々なんですが体調ばかりはどうも……それでは帰らせて頂きます」
「いや、いいんだ。今日も一言も発さず、周りを見て辛そうな表情をしていたのは体調が悪かったんだな。てっきり、友達がいないからだとばかり思っていた。気が利かなくて済まないな。帰ってゆっくり休んでくれ」
その通りだよ!友達が居ないから周りを見て羨ましいから辛そうな顔をしてたし、喋る相手がいないから一言も発せなかったんだよ!
俺は容赦なく傷口を抉ってきたクレアに怒りの言葉が溢れ出さないようにして、なんとか帰りの挨拶だけひねり出した。
「そ、それでは……」
「あぁそれではな」
俺はそのまま帰ろうとすると教室の扉の前でソワソワとこっちを見て待っている金髪の美少女を見つけた。
教室には、未だに多数の生徒がいるものの視線の先には俺しかいない。
……どう考えても俺を待ってるよなぁ。遊びの誘いかなぁ。でもここで、アリスに何か誘われでもしたら王族派であると周りから見なされるかもしれないよなぁ。
俺は教室から出るのをやめて帰り仕度をしていたクレアに声をかけた。
「すいません、アルカーラ様。やはり、サロンのお誘い受けさせて頂けますでしょうか?」
クレアは俺の言葉に驚いた表情をし、それから嬉しそうに答えた。
「本当か!!」
うおっどんだけ嬉しいんだよ。一体どんな罠が仕掛けられてるのやら……
「本当です」
「そうか!って私は嬉しいんだが、体調は大丈夫なのか?」
「はい。アルカーラ様と話しさせて頂いていると元気になって来ました!」
「そ、そうなのか?それなら良かったが?では行くか?」
「はい!」
クレアと共に教室を出ようとする俺を見てアリスは愕然としていた。
済まないアリス。流石に、王族派であると見なされるにはリスクが高過ぎる。まだ、罠だとわかっているだけクレアのサロンの方がマシだ。それに、罠は一回抜け出して仕舞えばそれで終わりだけど、アリスの誘いは一度受けて仕舞えばこれからも続くだろう。
こうして、俺はアリスを尻目にクレアのサロンへと向かうのであった。





