ミストと部屋で二人きり2
さて、どうするべきか……
ミストにもリスクがある以上、俺が滅多な事をしない限り悲鳴をあげたりして人を呼ぶ事は無いだろう。
となると、考える時間は充分にあると言える。
そう焦る必要もないだろう。
そもそも、どうやって共犯者に合図をするんだろ?
それに侵入方法もおかしい。
荷物を運び込んだのに人1人が入るほどの荷物を持って出るのは余りに不自然。衛兵に呼び止められて中を確認されればおしまいである。
それに、俺の部屋は2階にある。荷物に人を紛れ込ませて持ち上げるような事が出来るのか……
いや、出来たとしても伯爵令嬢を隠せるほどの荷物を抱えたまま階段を登り降りするなんて危険な事を出来るはずがない。
荷物に紛れ込んでいたのか?本当に?
俺は自分の仮定があっているか確かめる為、不意にミストに近づき、ミストをじっくりと見た。
ミストの桜色のフワフワとそれでもってツルっとした髪は、光沢を放ちとても美しく触れたい欲求に駆られた。
「ねぇ、何をしてるのかなぁ?」
「いや、綺麗な髪してるなって」
「別に触っても良いけど責任はとってもらうよ」
ミストがニヤっと笑って言った。
「せ、責任って」
「そうだねぇ。これからはクリス君って呼ぼうかな?もしくは旦那様が良いかい?」
「す、すいません……」
「ちぇ。甲斐性のない人だ」
謝る俺に拗ねた口調でミストが言葉を吐き捨てた。
下手な事したら何かとこじつけられて娶らさせられそうだ。用心せねば。
身分と性格さえどうにかなれば今すぐにでも結婚したいくらいには可愛いだけに残念でならない。
それはそうとさっきしっかり見た甲斐があった。思った通りだ。埃がついていない。荷物に紛れて来るなら髪や服に埃がついていてもおかしくない。
荷物に紛れ込んで入って来たと言っていたがあれは嘘だな。
恐らく、いつでも人が呼べるという状況を俺に錯覚させて俺がミストを口封じしようとするのを避けたのだろう。
口封じされそうになった瞬間にミストは悲鳴をあげる又は、そのまま口封じされるといった両方バッドエンドが待つ選択肢しかなくなるからなぁ。
まぁでも、人が呼べないんならミスト一人を騙してしまえばいい。
騙しきれなかった場合でもトイレに行くとでも言って、部屋の外に出て適当に何か燃やして消火した後に「火事だー」と叫んでやれば勝手に避難してくれるだろう。
けれど、言うは易し行うは難しだなぁ。
まぁ、取り敢えず侵入方法でも探っておくか。俺は、ミストにたずねた。
「なあ、ミスト。その辺に鍵とか落ちて無いか?」
「うん?無いと思うけど」
「ちょっと、どいてくれないか?」
「普通に嫌だけど」
俺の要求に全く答えず、ベッドの上から動かないミストから辛辣な答えが返ってきた。
俺が帰ってからミストはベッドの上から移動していないため、もしベッドにバラしたくない何かを隠してあるかと思って聞いてみたけど当たりっぽいな。
取り敢えず何かありそうな毛布の下を見るのに毛布をめくるか……
俺が毛布を掴む。
「!?」
ミストが慌てて毛布を押さえようとするがもう遅い。
俺がいっきに毛布をめくるとそこにはメイド服とマスクが置いてあった。
「なるほど。これで侍女に変装して来たのか」
「あーあ。バレちゃったか。でも、関係ないよ。君が口封じしようとして来ても叫んでやればいいだけだしね」
ミストがいつもと変わらぬ口調で言った。
関係がない訳では無いと思う。
侍女に変装して入って来れたのは今日が初日だからだ。
日が経てばいくら変装してもミストであることはバレてしまうため、この方法で侵入出来るのは今日限りである。
さらに、俺にミストがいつでも人を呼べる状況に無いという事がバレたのだ。
内心はヒヤヒヤものだろう。
「いや、元から口封じみたいなことをするつもりないから」
リスク高すぎるしね。
「クリス君は優しいんだねぇ。それじゃあついでに私の要求飲んでくれるかい?」
「俺まだ何処もさわってないのにもうクリス君なの?」
「細かい事は良いじゃないか。早いか遅いかだけの違いだよ」
「そうですか……」
ミストの中で着々と政略結婚への道を歩んでるようで辛い。
少し間が空いたあとミストが口を開いた。
「何はともあれ、この要求飲んでくれないと帰れないんだけど?」
ここが勝負どころだな。
俺は不安でいっぱいな内心を見透かされないように堂々と言い放つ。
「伯家につくとは、家臣と相談して決め無ければいけないから、この場では結論を出さないけど前向きに検討するよ」
「うん、そうだねぇ。今はそれで良いよ」
口封じされる不安や2度と部屋に侵入出来ないかもしれないという希少性が働いたのかは分からないけれど、どうやら日本人の伝家の宝刀の前向きに検討しますが上手く決まったようだ。
「じゃあ私は帰るとするよ」
ミストの言葉に全身に歓喜のファンファーレが鳴り響くような感覚がした。
「そうですか!それではお気をつけて!」
「なんだか気に食わないけどまぁいいや」
ミストは俺の隠しきれなかった喜びに不満をあらわしたが、さほど気にせずそそくさと帰り支度として制服の上にメイド服を着始めた。
そして着終わるとマスクをつける前に振り返って、悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開いた。
「ああそうだ。クリス君」
「まだ何かございましたでしょうか?」
「婚約の件もしっかりと家臣に話しかけて置いてね」
「……前向きに検討します」
俺はあまりに魅力的なミストのメイド服姿に少しだけ心が揺れ動いてしまったのであった。





