ミストと部屋で二人きり
俺は一縷の望みを託して、ベッドの上で枕を抱いてペタンと座り込んでいるミストに問いかける。
「お部屋をお間違えではありませんか?」
「別に間違えてないよ」
「じゃあ、俺の方が間違えてるのか。これは失礼いたしました」
「いえいえ、お構いなく〜」
俺は、手の平をひらひらとして飄々と答えたミストに礼をして扉の外へ出る。
そして、本当に自分の部屋であるか確認した。
うん、俺の部屋だ。
今日は疲れたから幻想でも見ているんだろう。
それならば幻想のミストのおっぱいでも拝もうか……
俺は扉を開く。
「お帰り」
先ほどと変わらずベッドの上から動いておらず、ミストがその豊満な果実で枕を押しつぶしていた。
「いやぁただいま〜今日もおっぱい大きいねぇ」
「いやぁどうもありがとう。死にたいのかい?」
酷く冷たい視線と辛辣な言葉を突きつけられる。
これが自分の妄想ならばとんでもないエム野郎である事になるので現実を受け止めた。
「すいませんでした……ってどうしてここに居るんだ!?」
「はぁ。この部屋には前まで別の人間が入って居たんだよ。スペアキー位あっても不思議じゃないでしょ?」
セキュリティ甘すぎるだろ!この寮は本当に大丈夫なのか!?
「衛兵はどうしたんだ!?」
男子寮と女子寮に分けられており、どちらの寮も異性の立ち入りは禁じられているため女生徒が寮内に入り込もうとすると衛兵に止められるはずである。
初夜には白いシーツを用いて確認される程、処女性が尊ばれるこの貴族社会では当然の処置である。
「今の時間は、寮に着くのが遅れた生徒の従者が荷物の出し入れしてるのが普通なんだ。ちょっと知り合いに荷物に紛れて入れてもらったんだよ」
ミストはその豊満な胸を張って誇らしげに言った。
いや誉められないから。てか、そこまでしてどうしてこの部屋まで来たんだ?
「まぁ侵入方法は分かりたくなかったけど分かったよ……で?何しにここに来たの?」
「いやぁ。ちょっと文句を言ってやろうと思ってね」
ミストがジト目で俺の方を睨む。
「うっ……。成人の儀の時のことをそこまで恨みを持っているのか?」
「当たらずとも遠からずかな?」
そう言ってミストはカラカラと笑った。
また、微妙な事を言いやがって。一体何だって言うんだ……
「いや、せっかくの私の策が上手くいったのにふいにされそうだから」
「策?」
「そうだよ。この前の成人の儀で折角2家から手を引かせる事が出来たのに君が有能な所を見せれば、他の2人もあの時の君の狂言が君の策だったって事に気付くじゃないか」
ば、ばれてーら……
確かにミストが真っ先に帰ったのを見て他の2家は帰っていた。それが、2家に俺への興味を無くしたうちに帰らせる策ならば納得がいく。
「あの時、真っ先に帰ったのは演技だったのか……」
「正解!まぁ他の2人は怒りで我を忘れていたようだけど、私は君の有能さを直で見ているからね。他の2人は、子爵領の発展は、幼い子爵になり有能な家臣が幅をきかせ始めたとでも思ってるんじゃないかな?」
やっぱり、社交界でミストに目をつけられたのは失敗だったか……
それに演技ならあの冷たい視線を向けられて傷ついた分だけ損したわ。
「はあミストのあの冷たい視線や頰を引きつらせてたのも演技だったのか……
「いやぁ。あんな、降って湧いた幸運に笑顔にならないようにするのは大変だったよ。でも、あの発言は流石にキモすぎて睨んだのは本当のやつだからね」
そこは、本当じゃない方が良かったなぁ……
「で、今日は他家が俺に興味を引かないようにするために釘をさしに来たってわけか」
「正解!全く、後は誰も頼るところが無くなったドレスコード子爵に手を差し伸べてチョロチョロりんと取り込むだけだったのになぁ」
「そ、そうですか……」
ミストはニコニコとして途轍もなく可愛く見えたが言っている内容に俺は恐怖を感じた。
「それでなんだけどクリス=ドレスコード君。伯爵家に付いて貰う際なんだけど、他家が君に目を向けないように愚者を演じるまでは言わないまでも有能さは出さないで欲しいんだ」
ミストがケロっと言った。
「いや、それはまだ何とも……」
流石にこの要求は飲めない。
未だに伯爵家が王派か宰相派の勢力につくかはわからない上にどちらが優勢であるかもわからないので、勝つか判断出来ない。負け派閥につく可能性を考慮するとここで伯爵家につく事は出来ない。
それに、判断が出来てからその派閥で厚遇される為には有能さを示していかなければならない。
よってどうやってこの状況を煙に巻くかだなぁ。
「ああ、そうそうドレスコード子爵。もし、この状況を他の人に見られたらどうなるだろうね?」
「はあ?」
「いやね?君が良いというならそれで良いんだけど若い男の部屋に年頃の娘がいたらどう思うかな?」
そういう事かっ…!
これが他のタイミングでなく、わざわざこの部屋まできた理由か!
このままミストが部屋にいるのがバレればミストとそういう関係に思われるだろう。 それは、伯爵家と繋がりを持っていると言っているようなものである。
そうなれば、他の家から声が掛からないどころか嬉々として2家が連合して攻めてくるに違いない。
そうでなくとも、ミストがここで悲鳴でも出して連れ込まれたとでも言えば重い罰が下るだろう、
しかし、ミストにも負の要素がある。
2家に連合して攻められるのは、伯爵家の意思ではないだろうし、俺との関係が疑われれば処女性が尊ばれるこの貴族社会において婚約の幅が狭まるといったデメリットがある。
なんでこんな暴挙を……
「ちなみにねぇ、私はたかが3女に過ぎないから、2家に伯爵家が責められるような事があれば簡単に尻尾切られるんだよ。出来れば要求を飲んでくれれば荷物運びの人がたまたまこの部屋から荷物を運んでくれると思うんだけど……」
なるほど。何かしらの合図をするとここまでミストを連れて来た人が迎えに来るというわけか。
しかし、それは俺が要求を飲んだ時の話だ。飲まなかったときの互いのリスクが高すぎる。
「そんなリスクを背負ってまでするなんて正直おかしいと思うんだけど?」
俺がそういうとミストはカラカラと笑った。
「リスクがある程面白いんだよ!やり遂げた爽快感がその分全身を巡るからね!」
クレアとの入学試験の対決といい、この発言といい、この美少女の一面が見えた気がした。





