パン作り(パンは自分では作りません)2
「はぁ、仕方ないですね。しかし、クリス様は勉強をしなければならない身です。受験後ではダメですか?」
ユリスが土下座する俺を見下ろしてやれやれと呆れたように言った。
「うん。結構時間がかかると思うんだ。僕が入学する前にやり遂げておきたい」
「そうですか……それでは、クリス様。パン作りをするとしても、どうする予定か案を教えて頂いてもよろしいですか?」
「ああ!わかった!目的は、パンを作る時にパンを膨らませる工程があると思う、その時にパンを膨らませるのは目に見えない微生物の働きなんだ!上手くパンを膨らませられる微生物を作ろうと思う!」
「クリス様、そこまで頭がおかしくなるなんて……もう、頑張らなくて良いです。私と一緒に全てを投げ出して何処か遠い田舎でひっそりと2人で暮らしましょう」
俺がそう言うと、ユリスが、一瞬で顔を曇らせ、悲痛な表情を隠しきれず、無理やり微笑み、憐れみの目を俺に向け、優しい声色で言った。
その提案は提案で、大変魅力的なんだが、この状況で提案されるのは大変不本意であるので、俺は直ぐに勢い良く言い返した。
「いや!本当なんだって!」
「そうですね。子供は、最初は女の子で2番目は男の子が良いですね」
「いや、だから!!」
もうすでに、気分が2人暮らしになっているユリスに俺は、身近な微生物が引き起こす現象の例を引き合いに出しつつ必死で説明した。
「成る程。確かに、それらの現象を微生物が引き起こしていると言えば納得できますね」
どうやら、理解して誤解が解けてくれた様だ。
「でしょ!?」
「はい。しかし、この考えを理解して、素直に飲み込める柔軟な人間じゃないと引き継ぎは出来ませんよ」
「そっか……まぁ、取り敢えず結果さえ出してしまえば、理解出来る人も出て来るだろ」
「仕方ないですね。ひとまず作業の方は私が手伝いますから、クリス様は勉強しておいてください」
そして、俺は睡眠時間を削り、ユリスは自分の仕事をハルに押し付けて酵母の培養実験を行うことにした。
酵母の培養は、まず酒を用意する。
そして、石で作ったシャーレの中に他の菌が入らないようにブドウゼリー培地を作っておいた。
ハズキに無理を言って、先は細い鉄の棒で、取っ手は木でできたものを作って貰い、鉄の棒の先端部を焼くことで殺菌し、冷ましてから、酒に先をちょんと付けて、作った培地にミミズのように塗った。
これを複数個作って、日の当たらない所で温度管理して放置しておいた。
それから、数日後、シャーレを開くと塗った所にカビなどの沢山の菌が生えていた。
その中から、白くて丸いものをちょんと鉄の棒の先に付け、ブドウの果実をすり潰したジュースを試験管に入れ、煮沸して冷まして置いて雑菌が入らないように蓋をしておいた物の蓋をとって入れた。
これをまた、複数個作っておいた。
それから、また数日後に開封すると殆んどはダメだったが数個、良いアルコールの匂いがする物が出来た。
ここで、アルコールの匂いがした物が酵母が培養できている物である。
そして、子爵家の料理長にパンを作る際に出来た酵母を加えて発酵させてパンを作らせた。
作ったパンの中には、酸っぱくなったものや発酵の速さが遅い物があった。しかし、その中でも上手く発酵し、芳醇な香りをさせた美味しいパンが出来た。
「ユリス。この作業を繰り返して一番美味いと思うパンを作ってくれ。そして、美味しいパンが作れた時の酵母は定期的に適当な培地に変えながら培養し続けてくれ」
「かしこまりました。それと、この作業を引き継いでくれそうな人材が見つかったので、そちらの方も手配しておきますね」
「ああ!後、サザビーに宣伝、ジオンにパン工房と酵母の製造などの新たな研究所の建設、ハルにパン工房のパン職人の募集も依頼しておいてくれ!」
こうして、作業を他の人に引き継がせた俺は、美味しいパンを食べる日を夢見て試験勉強に精を出し、入学試験へと旅立ったのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
という訳で、現在に至る。
「ユリス、早速で悪いんだが、独自の酵母を使ったパンを食べたいんだけど……」
「そうですね。今から、作る様に言って来ます」
「ありがとう!楽しみだな!」
それから、待つこと数時間。
「お待たせしましたクリス様。こちらが、自家製酵母で発酵させて出来たパンです」
目の前には、焼きたてのパンが並べられた。
フンワリと焼き上げられたパンは、心地よい芳醇な香りの湯気を纏っている様に見え、咄嗟に手を伸ばさざるをえなかった。
そのまま、ふわふわとしたパンにかぶりついた。
最初に感じたのは、しっとりもっちりとした食感。更により強い芳醇な香りが口の中で爆発する様に広がった。
そして、何よりもパンの素朴かつ深く優しい甘み!
酵母を作った苦労や辛いことを忘れさせるぐらい美味い!
「美味いよ!美味すぎるよ!」
俺の喜び様に、ユリスが幼子を愛でる様に微笑んだ。
「こっちのパンも食べて良いかな!?」
「ふふっ、どうぞ。こちらは、私が考えた領内の特産品のジャガイモと合わせたパンです。以前、クリス様から教えて頂いたマヨネーズで味付けし、ジャガイモ、ベーコン、チーズを加えた貴族や豪商向けの商品です」
ユリスが無い胸を張って答えた。
パンは、外側がカリッとするようこんがりと焼き上げられ、パンを縦に切れ目を入れ、ホクホクのジャガイモが入り、その上に焼き上げられたマヨネーズ、ベーコン、そしてその上にとろっとろのチーズがかけられていた。
これまた、そのままかぶりつく。
「なんだこれ!!美味すぎる!!」
まず、とろっとろのチーズの上品な塩味が、自家製酵母で作られたパンの甘みを引き立て、ベーコンのガツンとした旨味とホクホクとしたジャガイモのコンビネーションを発揮し、さらにベーコン、チーズ、パン、ジャガイモ全てと抜群の相性を持つマヨネーズの酸味が素材の潜在能力を更に引き出した。
そして、これだけの具材を使って尚、後味にはパンの心地よい芳醇な香りと甘みが口に残る。
上手く言葉には出来ないが、一つ確信を持って言える事は、めちゃくちゃ美味い!
俺は、このパン事業の成功を確信するのであった。





