成人
「クリス様。あの状況を退ける策とはいえ流石に頂けませんね」
見る者を凍らせるような瞳で俺を睨みつけながら近づいて来て言った。
怖えぇ。滅茶苦茶怒ってらっしゃる。
「すまないユリス、僕はあの方法以外は全く考えつかなかったんだ……」
「これで、三家を敵に回しましたよ。今までは友好関係を迫って来ていましたが、これで、その望みは絶たれたと言っても過言でもないですよ」
「まあ、子爵がこんなんじゃ仲間に入れても不安でむしろ敵の方が良いからね。あははは…」
「いえ、本当に笑えませんから。実家に帰る準備して来ます」
ユリスが言い捨てて領主館に入って行った。
俺は慌てて、領主館の一室に入りそうになるユリスに声をかけた。
「待って、待って!お願い!本当にお願い!俺が悪かった!何でもするから行かないでくれ!」
ユリスは考え込んだ。
「何でもですか?」
「ああ!何でも!」
「それでは、仕方ありませんね」
「ありがとう!ユリス!」
俺は、みっともなくしがみついた。
「今回は、予想出来た事なのにお伝えしなかった私達のミスでもありますので…」
「というと?」
俺が尋ねるとユリスは伏し目がちに答えた。
「まず、第一に使者を送ってくる事。王都での話を聞いた後に私達は絶対に何処かの家は接触を図ってくると考えていましたが、何処の家も接触してこない。これは、逆に不自然です」
「それはそうだ」
「その理由としては、私達が接触してこないと思わせるほど気づかせないように出来るのは、3家同士で我が家との接触を妨害し合っている。としか考えられません」
わかってたのか…
「そして、その3家が大手を振って来れる機会はこの成人の儀しかありません。嬉々として駆け付けてくると思いました」
「でも、何らかの連絡があってもおかしく無いんじゃないかな?」
「恐らく、この状況下では手紙を奪われ偽造されることを恐れたのでしょう。以前とは違い、今回は実際に子爵と会うのです。そこで、偽造された手紙の内容から子爵が協力しないと言われると、それを他の2家に言質を取られ弾劾されてしまいます」
「なるほどそういうことか……」
「そして、祝いの使者が来れば、私はこの成人の儀は子爵家だけで行い、外部の者は参加出来ないという嘘を突き通そうと思っていましたが……」
「が?」
「そこで、私が長く子爵家で働いて来た弊害が出ます。まさか、子爵家に3家のご子息、ご息女がいらっしゃる程、重要視されているとは思いませんでした…」
ユリスが初めてすまなそうにしているのを見て俺の中の罪悪感が巨大化した。
常時であれば、常に完璧であったユリスはこんなミスをしない。
恐らく、俺が頼んだ祭の準備で物理的に時間が足りなかったのだろう。
「唯の祝いの使者ならいざ知らず、まさか、3家の子弟をそのまま帰す訳には行かないからなぁ」
すると、ユリスは深々と頭を下げた。
「クリス様、勝手に独断で行動し、申し訳ありませんでした」
ユリスが頭を下げるのを初めて見た。
独断で行動しているのも、祭を楽しみにしている俺に気を遣わせない為だろう。
俺は自分の情けなさに涙が出た。
今、思えば自分は何をして来たのであろう。転生してユリスに言われるがままに惰性で訓練をしたり、自分の自己満足でユリス達の負担を考えずに祭りを開いたり、領民を守る貴族としての自覚を持たず何処かふわふわとしたゲームの中の様な感覚で生きて来た。
その挙句、今回の軽はずみな行動で、この子爵領の領民や子爵家の従士達大勢の本来守るべき人達の命を危険にさらした。
俺は間違いなくこの世界でしっかりと生きているのだ。そして、クリス=ドレスコードとして生きてやるべき事をやらなければいけないのだ。
「ごめんなぁ、ユリス。ずっと甘えてばっかりで本当にごめん!俺が何もできないばっかりに本当にごめん!それでも、俺にも教えてくれ!ユリスに今まで背負わせて来た物、俺にも背負わせて来てくれ!」
俺は涙をボロボロとこぼして泣き叫んだ。
ユリスは、何処か、思い出を振り返るように目をとじてから、 いつも通りのスッとした表情で口を開いた。
「ク、クリス様も、も、もう成人ですね。で、ではなくて、成人なんですから泣かないで下さい…」
そんな、ユリスの声は掠れていた。
「本当にすまない。俺は、今回のように間違えてしまうかもしれない。それでもユリスと考えを共有して出来ればもっと上手く出来ると思うんだ」
するとユリスは面をあげ言った。
「そうですね……では、共にこれからどう切り抜けるか考えましょうか?」
「ああ。そうしよう!」
15年間、変わらなかった2人の関係が少し変わったような気がした。





