背後2
次は土曜かにちよー
敵騎馬隊の突撃に合わせて号令をかける。
「放て!!」
弓が一斉に放たれる。黒い雨のような矢が敵騎馬隊を襲い、馬が暴れ、騎手が振り落とされる。地面に落ち悶える騎手は後続の騎馬に轢かれ、赤い花を咲かせる。
倒れもがき苦しむ者は少なくない。一射目で戦力を削れたと言っていい。だが、苦痛の声も悲痛な嗎も聞こえてこない。耳に届くのは、蹄鉄が地面を打ち鳴らす音と猛き声だけだ。
休まず矢を射掛け続けるも、速度は減衰せず距離が縮まってくる。蟻の群れのようだった敵軍は、今や押し寄せる濁流のようだ。
さっきまでは、丘上に陣取っていて、ぬかるんだ傾斜を上り切らないと自軍に敵はたどり着かなかった。だから、遡上する鮭を跳ね返す滝のように、敵軍を迎撃できていた。
だが、今は違う。相手と高さの違いはなく、騎兵の持つ速さという武器が十分に発揮されている。このまま衝突すれば、甚大な被害が出るに違いない。
「射て! 絶対に仕留めろ!」
檄を飛ばして弓兵を煽る。次々に矢が放たれ、敵軍に吸い込まれていく。だが、それでも勢いは止まることはない。
敵軍の大声が風圧と共に顔にぶつかる。もう、あと30mくらいしかない。
「大盾構えろ! 槍兵は密集隊形を組め! 後衛は投げ槍を用意!」
指示を出してすぐ、大盾を構えた比較的重装の従士が最前列、その後ろには密集して針鼠のようになったパイク兵が騎馬襲来に備えた。
来る、接敵する。
矢を掻い潜った敵騎馬隊が、目の前に迫り、そのまま歩兵隊にぶつかった。
肉、骨が砕ける鈍い音、馬が、人が、宙を舞う。それは、突撃してきた騎馬を、盾を持った集団が正面から受け止めた結果だった。
杭や槍に恐れをなした騎馬は足を止めたが、投げ槍やパイクの餌食となって彼方此方で悲鳴が上がり、周囲に血の煙が立ち込めた。
一見、自軍有利に進んだかと思えたが、波のように押し寄せる騎馬に戦列が崩されていく。ついに盾の集団が打ち破られ、水が染み込むように隙間を通り抜けた騎兵が俺に迫ってくる。俺は指示を出し、そこに予備部隊をぶつけて敵軍を押し戻して、再び戦列を整えた。
「耐えろ! ここが正念場だ!」
叫ぶと、落馬した敵騎士が槍を捨て、剣を手に向かってきた。近くにいた味方の兵士二人が両側から囲むように槍で突き刺し、事なきを得る。が、馬に振り落とされる、盾と接触した時に吹き飛ばされた形で前線を抜けてきた騎士達が、至る所で起き上がり、将である俺に迫ってくる。
「クリス様をお守りしろ!」
そんな兵士の叫び声が聞こえ、俺は言い返す。
「俺は大丈夫だ! それより、予備部隊は弓兵の援護に回れ!」
声を出しながら、敵を切り捨てる。左右、前、後ろ。不規則な場所からの攻撃になんとか対処しながら、戦況を確認する。
最前線の部隊に余裕はなさそうだ。いくら密集隊形を組んでいるとはいえ、何度も馬の突撃を受け止められるわけがない。
両翼の弓兵は、歩兵隊が前を止めたおかげで渋滞した後続の騎兵に矢を射続けている。ただ、こちらもまた余裕がない。予備部隊が援護にあたっているため未だ被害はないが、馬を降りた騎士が続々と弓兵の下に集っている。予備部隊の手が足りなくなれば、弓兵は蹴散らされてしまうだろう。
両方に援軍を送りたいが、戦列を戻すために使った兵と、側面に既に送った兵で、予備部隊は全てだ。ここからは、各所それぞれで現有戦力で勝つ必要がある。
敵の様子を見る。突撃は波状で行われていて、未だ後ろに次の突撃に備えた残存兵力がある。ただ明らかに数が減っており、あと二回か三回ほどの兵数しかいない。
「敵軍はもう少ないぞ! ここが正念場だ! 守りきれ!」
兵士が呼応して声をあげる。士気は上がり、目に見えて自軍の動きが良くなる。俺を襲ってきた騎士達もあらかた倒しきり、余裕が生まれ始めた。
いける、このままなら間違いなく勝てる。
そう思ってから2回目の突撃を迎えた時のことだった。
前線が破られてしまったのである。





