決戦前夜
夜の帳が降り、空は冥色に染まっていた。あれだけ降っていた雨は止み、雲は晴れて星が覗いている。
決戦地から後方1kmほど離れた所に築かれた陣営。その中でもとりわけ大きな幕舎内に、俺、アリス、ハル、ジオン、マクベスそしてユリスが円卓を囲んでいた。
円卓上には、地図が広げられていて、その上に駒が並べられている。川と森に挟まれた地点に配置された駒は子爵家軍。うちの駒は三つで八の字に配置され、両翼に弓兵、そして中央に精鋭からなる槍兵となっていた。
一方で、オラール軍の布陣は、第一陣にクロスボウ部隊、通常歩兵、そしてその後ろに下馬した重装騎兵。両翼には、重装騎兵が駒として並べられている。
上から見る形は、川と鬱蒼とした森に挟まれた狭隘な地形にドレスコード軍が陣取り、△の形に布陣したオラール軍と斜面で対陣している格好だ。
「これが、明日、予想される布陣になります」
ユリスがそう言って続ける。
「まず、明日は射撃戦で幕を開けることでしょう。ここで絶対に負けるわけにはいきません」
もっともである。こちらの軍は、農民からなる弓兵に依存している。戦力の大半が弓兵と言っていい。それなのに、射撃戦で壊滅とまでいかなくとも、劣勢に追いやられれば、そこで終わり。今までの努力は水泡に帰すことになる。
「ですので、弓兵の指揮については、兄と弟にあたらせます」
「ハルとジオン?」
俺がユリスに尋ねると頷きが帰ってきた。
「はい。兄も弟も最低限の指揮はとれます」
ハルとジオンに顔を向ける。
「ああ。弓兵の指揮は難しいが、後々のことを考えると、俺たちしかいなくなる」
「はい。それに僕が防御陣地を構築したのですから、強み弱みがわかっています。ですので、僕が直接指揮をとった方が上手くいくと思います」
「そうか。なら、二人に任せる。それじゃあ、残った中央の指揮は俺とマクベス、そしてユリスが指揮をとるということでいいか?」
尋ねると、ユリスは頷いた。
「中央は最も薄く、かつ、最も重要な箇所です。正面で敵軍を受け止め、八の字に布陣した弓兵の側面射撃で勝つ。これが、明日の筋書きです」
聞いている限りは、完璧な策に思える。戦力差を埋めるために狭隘な地形に布陣し、中央を崩しにくる兵を精鋭で受け止め、側面射撃で殲滅する。たしかに、これ以上と言っていいほどの策だ。
だが、オラール軍はそうも都合よくこちらに攻め込んでくれるものなのか。大体からして、完璧な防御陣地前にして、尻込みせず、勇猛果敢に攻めてくるとは到底思えない。
「ユリス、筋書き通りに必ずいくと思うか?」
意外にもユリスは、はっきりと答えた。
「はい。お忘れですか? クリス様のおかげで勝つ可能性が生まれたと言ったことを」
忘れてなんかいない。だが俺たちがしたことは、防御陣地が完成するための時間を稼いだだけだ。
そう思いつつも考える。するとすぐ、異なる効果をもたらしていることに気づいた。
いや、違う。主観的にしか見えていなかったが、客観的に見れば、時間を稼いだだけでないことがわかる。
何度もの奇襲、それによって常に気を張り続ける方陣を取らされ続け、敵の士気はかなり下がっている。反撃に出たいのに出れないもどかしさだってあるだろう。
そんな時に、野戦、決戦できる機会がきたのである。それはもう、目の前に餌が吊り下げられている状態にちがいない。
「どうやらお気づきになられたようですね」
「うん。多分、ユリスの言う通りにことは進むと思う」
「何かまだ、疑問点でも」
「ああ」
俺の中ではまだ違和感が残っていた。それは、作戦通りにことが進むかどうかということだ。
今まで精強なオラール軍兵を嫌と言うほど見てきた。そんな相手に弓兵は最初の射掛け合いに勝たねばならない。中央だって攻め上がってくる敵の重装騎兵、歩兵を耐え凌がなければならない。
単純な力と力のぶつかり合い。その全てを制さなければ、この戦いに勝利はない。だというのに、敵兵と味方の間では……ああ、そうか。
「もしかしてここ数日の雨、アリスの仕業か?」
「うん。私が降らせた」
なるほど、通りで街道が破壊されていたわけだ。敵重装兵はぬかるんだ傾斜に足をとられ、まともに動くことなどできないだろう。これで戦力の差は大きく縮まる。
だが、それでも勝率は五分にもならない。敵の数は倍だ。それに射撃戦での戦いに、地面は関係ない。
ラストピースが嵌まらない。戦で勝利をわける、最も重要なものが必要だ。
「ユリス、作戦は全て理解した。最後に仕上げがあるんだろう?」
「はい。作戦は完璧です。あとは兵個々の能力を上げなければなりません」
ユリスは、アリスの方を向いた。
「王女様、私たちの士気を上げてくださいませんか?」
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