奇襲
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朝から豪雨に叩きつけられていた。寒さに溢れる白い息が、無数もの雨の軌道で消される。悲鳴を上げる体に激しい雨は厳しく、息絶え絶えになりながらオラール軍の後を追う。
降り続ける雨に地面がぬかるみ、馬が思うように動かない。オラール軍と違って、奇襲するために街道を避けなければいけない俺たちは、厳しい行軍を強いられている。辺り一面真っ白の雨のせいもあり、未だオラール軍の姿を捉えられていなかった。
「クリス様、最低限の装備以外捨ててしまって良かったのでしょうか」
隣に馬を並べていた兵士の声が雨にかき消された。それは不安から来る歯切れの悪さだったのか、豪雨のせいだったのか、どちらかわからない。だが、どっちだっていいことだ。俺の決断に変更はない。
「大丈夫だ。馬上から弓を射掛けて相手を疲弊させる。この雨の中じゃ、敵の重装騎兵も満足に動けない。機動力で差をつけるにはそうするしかない」
精鋭の子爵家軍だからこそできる作戦だった。昨日の奇襲は徒労に終わるという最悪の結果になったが、得られたものがないわけではない。
「敵の歩哨は投射兵器や弓を射かけてこなかった。それは持ってないということかもしれないし、使用する気がないということかもしれない」
隣の兵士は、ああ、と頷いた。理解しているようだが言葉にすることでより安心させられるのなら、と口を開く。
「そもそもの話、オラール家本隊は精鋭部隊だ。つまりは貴族の徒弟からなる戦闘のスペシャリスト達。弩兵、弓兵、槍兵は身分が低いものが扱い、貴族たらしめる兵科は騎兵さ。だったら前者の兵科は少なく、扱いに長けているものも少ない」
俺はそう言って続ける。
「だからこっちが敵の射程範囲外から弓を射掛ける。鎧を着込んだ人相手じゃ効果は薄いだろうけど、農民に弓の訓練を施してきたお前らなら、馬を射ることは容易いだろう。そして、相手を混乱に陥らせ、再び兵站を狙う」
それが作戦の全容である。街道を進むオラール家軍の側面や背後から弓を射掛け、騎馬戦力を削ぎにかかる。射程外からの騎射なら、こちらの数的不利も関係がない。馬が暴れ、混乱に陥らせたあとに兵站を狙ってさらに士気を下げにいく。
「わかりました、クリス様。それなら先を急ぎましょう」
「ああ、そうだな。攻撃を仕掛ける時間だって限られてる。決戦地にたどり着かれる前に、少しでも交戦しないと」
俺たちは馬を急がせ、緩い地面の中を必死に進む。半刻ほど進むと、オラール軍の姿が現れた。
「……嘘だろ」
つい言葉がこぼれ出た。
「クリス様、これは!?」
「あ、ああ。少し待ってくれ」
絶望的な光景が広がっていた。
方陣が組まれている。貴族たらしめる騎兵達は馬を降りて弩や槍を手に持ち、最前列には歩兵が盾を持って構えていた。彼らは中の馬や行李を囲むように四角く配置され、どの方向に対しても隙を見せていない。唯一前面に出ているのは最後尾にあたる重装兵だ。
いつでも交戦できる態勢を整えているというのに、行軍もできている。規律正しく、昨日のように後続が切り離されないよう歩調も合わせていた。
「っ!!」
唇を噛む。こうなると、相手の馬まで矢が届かない。それに騎射攻撃をしようにも、盾に防がれ、近づくと弩兵に蜂の巣にされる。後背を突こうにも精強な重装兵が相手では、少数軽装のこちらでは歯が立たない。まさに絶望的な状況だった。
「クリス様、攻撃をしかけますか?」
隣の兵士に声をかけられる。俺は、少し待ってくれ、と伝え、思考を巡らせる。
やはりオラール軍は強い。貴族の誇りを捨てて下馬し、弩兵や槍兵となって貴重な馬や兵站を守る姿勢をとった。並みの軍勢に出来ることではない。この方陣を組んで即実行できること自体も統率が取れている。
散々に奇襲をしたのだ。相手も馬鹿じゃない。ある程度の守りを固めてくることは想像に難くない。だが、ここまで完璧な策を繰り出してくるなんて、誰が想像できようか。
いや、ユリス。ハルやミストであれば、想像できたのかもしれない。
そう思い、空を見上げる。どす黒い雲に雨を落とされ、視界が塞がった。その時、閃きが舞い降りた。
雨、そうか雨だ。
「攻撃をしかける」
俺はそう言い、伝令を走らせる。
俺たちの目標はあくまで時間を稼ぐこと。兵站を奪うことでも、相手の戦力を削ぐことでもない。
この方陣、当然ながら行軍は遅くなる。なら、この姿勢を取り続けさせれば、時間は稼げる。雨の中の決戦までの時間が稼げるのだ。
「全員につぐ、騎射攻撃を仕掛けろ!」
その日から、体力と物資の消耗戦が始まった。





