択
新作『どうして今更傭兵に?』 https://ncode.syosetu.com/n3606gl/
テンプレの見せ方の原点に戻った作品です!どうかよろしくお願いします!
濡れた身体のまま、廊下を早歩きで進んでいた。カツカツと忙しない足音と豪雨の音をかき消すように俺は声を出す。
「アルカーラ家からの援軍は!?」
つい尖った声が出た。だが、焦燥感に駆られて、そんなことを気にしていられない。尋ねられたユリスも気にせず、だが、いつもより早口に言葉を放った。
「望めないでしょう。オラール家と中央諸侯の攻撃を防いでくれています」
「ピアゾン家の援軍も駄目か!?」
「帝国軍との戦いで勝利を収めたとしても疲弊しきっていることでしょう」
「っ、籠城でアルカーラ家の援軍を待つことができない」
「アルカーラ家がオラール家の軍を破れる保証はありません。それにいつになるか不透明です」
「だったら、野戦は……薄い、か」
「万に一つくらいは勝機があります。ですが、防御陣地を整えないことには話になりません。そんな人手も時間もどこにもないと言っていいでしょう」
ユリスの言葉を聞き終えると同時に会議室の扉を開く。そこには既に深刻な面持ちをしたハルが待っていた。
「使者から話を聞いた。他国からの援軍が届かないかもしれないんだってな」
「ああ。わけがわからない。ただ王との約定らしい」
「だとすれば、他の国にいる王族も帰ってこられない可能性が大きい……か」
ハルがそう言ったのち、室内が豪雨の音だけに支配される。湿気臭い匂い、窓を叩く雨音、暗い部屋、全てが不快だ。落ち着いていられず、早鐘を打つ鼓動に気持ち悪さまで感じる。
「2択だ。クリス様」
しばらくしたのち、ハルが口を開いた。
「野戦でオラール家と戦うか、それとも籠城するか」
野戦を挑んだとて勝つ望みは薄い。相手方は多くが騎士からなる4、5千の猛者。こっちは寡兵がほとんどで敵軍の半数程度しかいない。
かと言って、籠城を挑むのならば、援軍を待たなければならない。常に包囲された状態で数ヶ月耐え忍ぶことになる。仮に王族が帰ってこないのならば、王女のアリスでは求心力が弱く、その間にオラール公に情勢が傾いてしまうだろう。そうなってしまったら終わりだ。
ただ、ピアゾン、アルカーラ家がそれぞれに勝利し、援軍を送ってくれる可能性がある。だがやはり、その前に諸侯がオラール公に靡けば二家の勝利も薄くなる。
だとすれば、乾坤一擲の覚悟で野戦を挑むしかないというのか。たしかに、勝てれば、王女が安全を確保し、情勢も王女側に傾くだろう。だが、バカバカしい。今まで籠城に決め込んでいたのに、今更野戦を行える準備もなにもない。
「クリス様、決断が今すぐ必要です。オラール軍は、街道を通ってきます。野戦を行うなら、川と林に挟まれた地点、そこで決戦するしかありません」
ユリスの言葉に急かされる。
数で劣る自軍は少なくとも地形の利を得ないといけない。加えて農民からなる弓兵は騎兵にとんと弱い。騎兵の多いオラール軍に側面をつかれないためには両翼を何かしらで守る必要がある。
だが、林と川だけでは不十分だ。弓兵を騎馬の突撃から守るために、柵をしかなければならない。ただ……。
「ユリス、その地点に布陣するのにかかる時間は?」
「私が率いても、二週間はかかります。さらに陣地を築くとなると、倍、で済めばいいですが、それよりもっと掛かるでしょう」
「だったら無理だ。妹ですらそれなら、絶対に間に合わない。まだ王族の一人が帰ってこないと知っただけだ。他にまだ可能性があるのなら、籠城に決めるべきだ」
「兄さん、それは違います。自分で言ったではないですか、王族が帰ってこない可能性が大きい、と」
「ああ言ったさ。だがそれでも、野戦を行うより可能性はある。それにアルカーラ家が今戦っているオラール家の連合軍を早々に蹴散らしてくれれば、うちへの援軍だってあり得る」
「それも違います。我が家に差し向けてきているのはオラール家単独の軍です。中央諸侯は全てアルカーラ家との戦争に参戦しているのですよ。元々、オラール家側が勝つ、と予想していたのをお忘れですか?」
「だとしてもだ! 野戦に築く陣地にかかる費用は、人手は、時間は!?」
兄妹間に悪い熱が帯びてきた。ここまでハルが強く出るのは初めてではなかろうか。それにユリスも珍しく、熱くなっている。
ここで、俺まで熱くなってしまっては駄目だ。冷静に、冷静になれ。
「ハル、時間があれば野戦で戦えると思うか?」
「仮に妹の言う通りに出来たとする。しかし、相手はうちの倍。普通に考えたら勝てるわけがない」
ハルは「だが」と続ける。
「妹が出来ると言うのなら、それは出来るかもしれない。一見不可能なことであってもだ」
「でも、ハルは反対なんだろ?」
「ああ、妹が出来ると言ったのは、陣地を築くことが出来ればの話だ」
「時間なら稼げる。夜襲の準備は整えている、子爵家の精鋭で行えば、数日、うまくいけば一週間は遅らせられる」
ユリスの方を向くと、こくりと頷きが返ってきた。だが、ハルの方は首を振る。
「それでも、だ。野戦を行うまで兵士は訓練に時間を費やすから使えない。残った町の人間を雇用して陣地を作らせるとしよう。一週間あれば、工事に長けた街の住民なら防御陣地を築けるかもしれない。でも、無理だ」
ハルは吐き捨てるように続ける。
「街の様子を見ただろ、戦争に士気が下がっている。誰もが、恐れて、動こうとはしない、仮に出来たととしても士気があがらねえと、工期が長引いて終わりだ」
ハルの言う通りだ。アリスと村や町を見て回った。だれもが戦争を恐れ、自らが生きることに必死だった。そんな人らが、戦地に赴いて工事をしたがるだろうか。柵を築いてその場で解散。そんなわけにはいかない。時間が逼迫しているため、戦争が始まる最後の最後まで働いてもらわないと話にならない。途中で逃げ出されて、不完全な状態で野戦に挑み、敗北を喫することが最悪なのだ。
そう考えれば、やはり籠城しかない。ゼロよりは、薄い可能性に賭けるしかない。
「籠城に……」
その時、会議室の重い扉が開いた。
「私に演説をさせてほしい」
扉を開けたのは、涙と雨でずぶ濡れになっていたアリスだった。
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