宝具
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オラール家の軍勢とアルカーラ家の軍勢で小競り合いを始めた。オラール軍は先ず、本隊よりも大きな分隊と中央諸侯でアルカーラ家を攻めた。オラール軍本隊は、小分けにされた軍勢を徐々に集合させつつ、三週間後には完全な状態でドレスコード領内を闊歩しようとしている。
それが今朝入ったひとつ目の情報。そしてもう一つ入った情報、いや得たものが、ドレスコード家を大いに揺るがしていた。
「北方の貴族をハート家が仲立ちに入り、中立を約束させました。そしてもうひとつ、先代様からこちらを」
領主室に入ってきたユリスに、北方貴族からの誓約書と共にピアスを渡される。そのピアスは水色の小さな宝石がついていて、慎ましくも絶対的な美しさ放っていた。
「ユリス、これは直接受け取った?」
「いえ。こちらは先代様からの手紙に入っていました。ただ、これを王女にとだけ」
父から受け取ったのは間違うことなき宝具である。それも、王家の宝具だ。
どうして持っていたのか。そんな疑問に囚われざるを得ない。
たしかに父は宝具を求めて手中に収めていた。でもそれは、前王家の宝具、グモド王家の宝具ではない。
前王家の宝具を手にするついでに見つかったのか、いや、それはない。王と宰相が暗殺されたのは突然のこと。死ぬまで宝具を手放すことはないはずだ。そもそも、それ以前に父はハート家に身を寄せていた。なら、考えられるのは、王が自分の死期を予期して、父かハート子爵に託していた可能性。
だが、そんな馬鹿な話があるか。父とハート子爵と王の間に関係あるなしに考えてだ。王が自分への暗殺を読めていたとしたら、何らかの手を打てた筈。いやだからこそ、暗殺を予期して国外に王族を逃していたのか。
だとすれば、アリスはどうして国内に残されたのだろう。国王からの寵愛を受けていたことに疑いはない。だから、アリスの存在がどうでもよかったわけない。だったらやっぱり、アリスを危険に巻き込むと知っていたなら、暗殺を未然に防いでいたはずだ。
わからない。全くと言って答えが出てこない。
否定しては肯定し、肯定しては否定しを繰り返しているうちに、そもそも宝具が本物か疑わしくなってきた。
もし仮に本物であれば、考えることは色々あれど、絶対に考慮すべきことがある。それは、他国にいる王族は単なる留学、嫁ぎ先が目的ではないということだ。
暗殺されることを事前に飲んでいたとするのなら、諸外国に何らかの事情を伝えていることだろう。そして宝具が外国ではなく、我が家に送られてきたということは、アリスを女王にするつもりだったのかもしれない。ただそれは、死刑宣告をされたことに他ならない。
うちは他国からの援軍をあてにしているのだ。援軍のない籠城など、ただ死を待つ病棟である。
王位が既にして定められているのに、他国は援軍を送ってくるだろうか。そう考えると、全身から汗が吹き出してきた。
未だ他国からの手紙は届いていない。使者を送ってかなりになる。嫌な予感がぐるぐると体内を渦巻き、吐き気まで催してきた。
「ユリス、とにかくこの宝具が本物かどうか確かめよう」
「ええ、そうしないと話が始まりません」
深刻な空気の中、アリスの部屋を訪ねる。
アリスはベッドから身体を半分だけを起こし外を見つめていた。倒れてから数日が過ぎ、既に体調は回復していたが、それでも無理をさせていないのは大事をとってのことだった。
「どうしたの? 二人とも?」
「実はアリス、宝具が届いたんだ」
アリスは「宝具?」と首を傾げた。しかし、俺がピアスを差し出すと、目を丸く見開いた。
「父様の!? どうしてここに!」
動揺し、詰め寄ってきたアリスに事情を説明する。
「父から今朝送られてきたんだ。どうして、父が持っていたのかもわからない」
「そうなんだ……」
宝具を差し出すと悲痛な面持ちでアリスは受け取る。
「本物かどうかわかるか?」
「多分、本物だと思う。でも、違うかもしれない」
そう言ってアリスは俯いた。
使ってもらうしかない。だが、結果として、アリスに再び父の死に向き合わせることになってしまう。
逡巡したが、使ってもらうことに決める。
「アリス、その宝具を使ってもらっていか?」
アリスは悲痛な面持ちを向けてきた。だがすぐに、こくりと頷いた。
「わかった。どうすればいいの?」
ユリスに目を向けると、ユリスは口を開いた。
「グモド王家の魔法は、雨を降らす魔法です。外へと場所を移しましょう」
ユリスの言葉に従い、屋敷の庭に場所を映す。空は薄くかかった雲が一杯に伸び、太陽を覆い尽くしていた。明るくもなく、暗くもない、奇妙な天気。雨特有の匂いはなく、風で運ばれてくる竈門の煙の匂いが漂っていて、今すぐに雨が降る様子はなかった。
「雨を降らす想像をしてください」
ユリスが言った。アリスはピアスを耳につけ、目を瞑る。すると、ピアスを中心に水色の幻想的な光が放たれた。
雲が流れ、重い灰色の雲が垂れ込んできた。そして、ぽつぽつと水滴が肩を叩き、やがて岩を砕かんばかりの豪雨が俺たちに降り注いだ。
「本物か……」
「どうやら、そのようですね」
雨に振り付けられながら、俺とユリスはそんな言葉を交わした。一方のアリスは、雨に負けることなく天を仰いでいた。
「父様、本当に死んじゃったんだ。父様もみんなも生きたかった」
アリスの顔を伝うのは薄黒い水滴ばかりでなく、光り輝く水滴も混じっていた。
悲痛なアリスの姿を見て思う。以前のアリスは王の死なんて気にしていなかった。だが今はどうだ、歯を食いしばりくしゃくしゃな顔で父の死に心を痛めている。それは、『生きることに真剣』その言葉の意味、真理を覚えたからかもしれない。
土砂降りの雨の中、どうしてか動けないでいたその時、つんざくような声で名前を呼ばれた。聞こえた方を向くと、諸外国に送った使者の姿があった。
使者は、身に纏うもの全てに切れ込みが入っている。所々は完全に破け、傷口が見えている。息を切らし、膝に手をつきながらも顔を上げ使者は口を開いた。
「亡きグモド王との約定により、王子を国に戻すことはない、とのことです……!」
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