街の人々
フードを被ったアリスと街を歩く。客引きの声や行き交う人々で賑わっていたのは少し前までの話。今は重苦しい雰囲気が漂っていた。
幾人かはこの町から逃げ出していた。オラール家との戦いに危機を覚えた人らは、南へ北へと散って行ったのである。
ただそれは少数で、多くはまだドレスコード領に残っていた。それは、郷土愛なんかではなく、逃げた先で生活できる保証がないから。元々、各地で職にあぶれたりした者らが労働者として人口の大半を占める町だ。職を手にする確信がないのに逃げるなんて、と二の足を踏んでしまうのは当然の話だった。
けれども、逃げ出したい気持ち、不安や恐怖を有していることは、今の街の様子が物語っている。家屋の窓は閉められ、商店もいくつかは休業している。通りを歩く人は、バケットを抱えて俯き、悲壮感漂わせている。
「ねえ、クリス、この街の人が逃げ出さないのって、やっぱり生きるためなのかな」
「戦争が起こるとしても今日を生きるためにはこの町で働かなきゃならない」
「そっか……そうだよね。やっぱり私、生きることに真剣って意味がわかってきた」
そう言うアリスの顔色はフード越しにも悪かった。明らかに体調を崩している。ここ数日、前と同様に村々を回ったのだが、その影響がでているのかもしれない。
「アリス、流石に今日は休まないか?」
「もう少し、もう少しで掴めそうなの。ここで休みたくない」
アリスの瞳には強い光が点っていた。俺はこういうアリスに惹かれ、演説を再度行おうとしているのだ。ここで止めることはしたくない。
俺は危なくなったらすぐに止められるよう留意することに決める。
「わかったよ、今日も頑張ろう」
「うん!」
会話をしながら広場に向かう。近づくにつれ騒めきが聞こえるようになり、たどり着くと百人以上の列が見えた。並んでいる人らは武器や鎧を装備していて、中には見事な衣装を身に纏ったものもいた。
クリス様、と呼んでくる声に応えながら列の横を通り過ぎ、先頭の人を見定めていたマクベスに声をかけた。
「閲兵の調子はどうだ、マクベス」
マクベスは腕に乗せるようにして持っていた帳簿から顔を上げた。
「ああ、クリス様。順調ですよ。思ったより多くの人が傭兵に志願してくれて、ありがたい限りです」
戦争に向けての徴兵は思いの外、上手く行っている。村々から避難してきた人らが職を手にするために志願しているだけでなく、商人からの融資で得た莫大な金から支払われる高給が大変魅力的なのだ。領内だけでなく、いち早く聞きつけた領外の傭兵団も閲兵に参加するくらいである。
「これで戦えそうだね」
「はい。農民の弓の腕は悪くないですし、他も訓練さえ積めば戦力に数えられそうです」
「それは何より。今は戦略的にも旗色がいいし、何とかやれるね」
オラール家との戦力差は埋まりつつあった。昨日も、アルカーラ家から王族側につくとの手紙が届いた。これでオラール軍はアルカーラ軍の援軍を阻むために戦力を割かなければならなくなり、当初の予測通り4千から5千が攻め寄せてくる数になる。一方で、ドレスコード家は、予測を越えて2千と少し。他国にいる王族が帰還するまで、持ち堪えることが出来なくない数だ。
また、学園に通っていた時に集めた情報を頼りに手紙を送った貴族家からも、良い返事がきている。情勢が王族側に傾けば、味方陣営についてくれることだろう。
そして何よりも嬉しい誤算があった。それは、キユウとユスクの家、オラール家に付き従っていたネミカ、ガーデン家が中立を宣言したのである。
アルフレッドに心酔していた二人から手紙が届き、内容は『俺に何があってもドレスコードを信じろ』とのアルフレッドの言葉に従い、家長を死にもの狂いで説得した、というものだった。
普通ならば、噂に惑わされ仇を伐とうとするだろう。だが、そうならなかったのは、キユウ、ユスクの人格か、それともアルフレッドの強烈なカリスマか。そしてその両方か。
何はともあれ、軍事に関して好転していた。あとは、演説が成功するか否かである。
議会設立だけでなく、徴税案も通すことを見越して商人から融資を得られたのだ。感情抜きにしても成功させないと金が尽きてしまう。
「閲兵も順調なようだし、行こうかアリス」
***
家屋の扉から出た婦人は驚きを顕にした。
「クリス様と王女様!? 一体、どうしてこんなところに!?」
「議会を設立したから参加してほしい、ってことを伝えにきたんだ」
「わ、私のような一町民にまでご丁寧に。もしかして、一軒一軒回っているのですか?」
質問にアリス答える。
「はい。日付はまだ決まってませんけど、すぐ正式に公布して議場は即席で前の演説と同じところで行います」
「王女様直々になんて、これは行かないわけにはいきませんね」
そう言って婦人は口元を手で押さえた。行くつもりがなかったことを口にしたようなものなのだ。不敬と思い、慌てて口を閉じたのだろう。
そんな婦人にアリスは微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。何軒か回ってきましたけど皆さん同じような反応でしたから」
「そ、そんなことは!」
「いえ、安心してください。前の演説は途中で終わり、皆さんにちゃんと議会の良さを伝えられなかった。それに私も皆さんのことをあまり理解できていなかった」
アリスはそう言って続ける。
「でも今は皆さんのことを理解しようと努めています。次の演説では、皆さんにきちんと……」
とそこまで言ってアリスはふらついた。俺は慌ててアリスの肩を支える。
「婦人、ベッドを貸してくれ!」
婦人は慌てて部屋の中へと入り、寝室までの道のりを小走りで示す。俺はアリスを支えながら、その後をたどり、ベッドに寝かせた。
「大丈夫か!?」
「ごめん、かなり辛い」
アリスの額に手をあてる。熱はない。咳込んでもなかったから病気ではない。おそらく過労か。
「もう疲れてるんだよ。少し休もう」
すると、頷きが返ってきた。
「うん。でも、疲れてるってわけではないの」
そう言ってアリスは言葉を紡ぐ。
「皆の気持ちになろうと頑張ってたんだ。ハズキさんが言ってた、お腹がすけばどうでも良くなるっていう気持ちを知りたかったの、心配かけたくなかったから隠れて、ご飯を食べてすぐに吐いたり、部屋の中では何も着ずに寒さに耐えたりしてた」
「何を馬鹿なことを」
「うん、でもようやくわかった。私は死ぬことが怖いから生きていたい」
完結しました。よろしければどうぞお読みください。
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