武器の準備
こつこつと武具、防具を作らせた結果がそこには並んでいた。
倉庫いっぱいに広がるのは千を超える長槍とそれ以上の長弓。4mを超える長さの長槍は所狭しと束にされて置かれ、人たけほどの大きさのロングボウは幾重にもされ、壁に立てかけられている。倉庫らしい埃っぽい匂いと鉄や木の匂いが充満しているものの、湿った感じはしていない。それは定期的に使用、手入れされている証拠だった。
「ハズキ、ナミの仕事は流石だなあ」
雇った時のことを思えば、手放しに褒める気にはなれないでいたが、そんなこと忘れてしまうくらいの出来栄えだ。
「そうだろう。ところで、どうして王女様がそこにいるんだ?」
尋ねられたアリスは、俺に親しげなハズキに身内と感じたのか、ありのままを告げた。
「クリスが演説に必要だからついてきてって」
「ああ、あの演説かあ。またやるのかい?」
そんなハズキの疑問に俺は頷いた。するとハズキは、自分に何か期待されていると感じたのか、苦笑いして続ける。
「そうか。まあ、あんたがやるってんなら、やるんだろうよ。でもあたしんところに連れてこられても困るよ。鍛治の腕は超一流でも、他のことはさっぱりだかんね」
「う〜ん。そうかなあ。良い人材に思えるんだけど」
ハズキは元々、古臭い慣習が嫌で自分で工房を起こした人間だ。それは過去に真剣に生きていたということ。ただ今は、新しい工房を捨て、生きることに真剣になっている。
アリスが『生きることに真剣』の意味を知るには良き人材に思える。ただ一方で、意味がないのではないか、と思う自分もいる。
元々の土壌が違うのだ。ハズキが弟子時代にしたであろう苦労をアリスは知らない。ハズキも、凡人が王女の肩書に揺れるアリスの心情を知らない。詰まる所、理解しあえる所はないと言っても差し支えなく、互いの話はあくまで遠い話になってしまう。よって、そんな二人が話し合ったとて、なんら得られるものはないと思うのである。
「大丈夫。ハズキにはそう期待していなから」
「それはそれで癪だねえ」
そう言いつつもハズキは笑った。
「そんで、王女様に何をしたらいいんだい? そもそも期待してないのに、わざわざ忙しい私のところに来たのかい?」
「自分で言ってるのはともかく、武具生産に忙しいのは謝るよ。それにそのことで来たんだ。アリスのことだけじゃなくて武具の生産について進捗を聞こうと思って」
「一応、十分すぎる数は作ってあるが、どうしたんだい? 急に要りようになったのか?」
「ああ、予想していたよりオラール家の動きがはやくてね」
オラール家の動きが早い。今朝入った速報だった。
既にオラール家は動き出している。他貴族の援軍を募る前に、各地に点在していたオラール家の小隊らが集結しようと行軍をはじめたのだ。軍は大集団で動くよりも、小規模にわけて行軍した方が早い。そしてその行為が難なく行われているのは、セルジャンの置き土産にほかならない。元々、俺を捕らえるために各町に配備された警備兵は正規兵だ。そいつらが各地それぞれで物資を保有しているのだから、統率さえとれれば簡単に目的地まで行軍できてしまう。
「早いってことは遅延させる必要があるってことか」
「そうその通りだよ。援軍を頼みの綱にしてるドレスコード家が、1対1の状況にされるとまずい。それにまだ、他国の王族どころか、国内の貴族からも加勢の返事がきてないからね」
「なるほどねえ。でもそれで、どうして武器が必要になるんだい?」
「夜襲を仕掛けようと思ってね」
対抗策としてゲリラ的に夜襲をしかける予定だ。行軍が早いのは困るが、小規模で動いてくれるのならこっちにとって、夜襲がしかけやすい利点がある。大集団相手だと見張りも多く、たとえ警戒を潜り抜けたとしてもこっちが用意できる少数の精鋭では大打撃を与えづらい。いや、大打撃に見えない。
この戦いはあくまでオラール家側と王女側との戦争だ。ドレスコード家は王女側の一貴族家でしかなく、味方が増えないことには意味がないのである。だからこそ打撃を与えたという事実が大切で、その情報を下に味方陣営を増やすことが勝利への道につながるのだ。
「そうかい。なら黒の塗料を使った軽装や武器も作んなきゃね。ああ、また仕事が増えちまったよ。こりゃ徹夜だね」
そう言いながら、ハズキは頭をぽりぽりと掻き、作業に戻ろうとした。だが、アリスに呼び止められて振り返る。
「あ、あの。そこまで頑張るのには理由があるんですか?」
ハズキは「理由?」と首を傾げる。
「はい。だって何かないと、そこまで頑張れないじゃないですか」
「う〜ん、そうかあ? そうなのかあ?」
ハズキは首を捻り唸りながら、答えを出そうと悶々とした。しばらくしたのち「ああ」と声を出した。
「そりゃ普通だからだよ。仕事をして金をもらう。その金で飯を食って仕事する。そこに理由なんてもんはないね」
「ただ」と言葉を紡ぐ。
「飯が食えなきゃ、死ぬ。実際私は飢死にかけたこともある」
「ご飯?」
「そっ。腹が減りゃ大抵のことはどうでも良くなる。アタシだって、雇ってもらうために手段を選べないくらいには、追い詰められたさ」
「ほんとにな」
俺がそう溢すと、「すまないってえ」と肩をバンバン叩かれた。ものっそ痛い。
「まあ、そいうことだから。王女様、他に質問はあるかい?」
するとアリスは首を振った。
「じゃあ、作業に戻るから、あとは若いお二人に任せて邪魔者は去ることにするよ」
「嫌な言い方だなあ」
ハズキはケラケラと笑い、倉庫を出て行った。重い鉄扉が閉まると、アリスは俺の袖を引いた。
「クリス、私、少しわかったかもしれない」
「何が?」
「演説が失敗しそうになったこと」
そう言ってアリスは肩を落とした。
「私、王女として不自由なく暮らしてきた。だから今まで、ご飯の悩みなんて、いえ、生きるための悩みなんてしてこなかった」
アリスは儚げな声で続ける。
「ねえクリス、私が王女である事の悩みなんて、すっごく贅沢な悩みなのかな?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
俺はアリスの疑問に曖昧な返事を返すしかなかった。
連休!
コミカライズ版は水曜更新です。





