焦土
藁葺き屋根の家々が夕焼けに黒く塗られた小さな村。寂寥感漂うそこには、似つかわしくない大きな荷馬車が数台並んでいた。どの馬車もテントいっぱいに荷物が積み込まれ、村人は悲哀の面立ちでそれを見つめている。
ここはドレスコード領内で一番小規模な村だ。そして同時にオラール領にもっとも近い村でもある。
「クリス様、この村はどうなるのでしょうか?」
年老いて白髪だけになった男に尋ねられた。男の顔は初めから諦めていて、それでも尚、縋るような声色だった。
「すまない、村長。焼き落とすしかない。でも安心してくれ、村人の生活は保証するから」
「そうですか。いえ、わかっていて聞いてみただけです、なんせこの村には思い入れがありますので」
「そうだよな。村長はここで生まれ育ったわけだもんな」
「はい。先先代様の頃から運良く残ってきただけで、取り留めて何があったというわけでもないのですがね」
そのあと、村長は「ただそれでも」と続けた。
「子供の頃から毎日を生きてきた場所の最後を見るのは辛い。まあ、クリス様がお気になさるほどのことではないですよ」
村長は諦めから来る妙な物わかりの良さをみせて笑い、俺から視線を外して懐かしむように家々の方を向いた。
戦時となった時、村は略奪の対象となる。家はただの宿舎に変わり、食糧等、全ては兵の士気を上げてしまうのだ。加えて、篭城となる以上、村を略奪して廻られ、最終的に誘き出されるかもしれない。
非情だが、下さなければならない決断だ。それに直ぐにでも実行しなければいけない。そのため、誠意をみせるために領主直々に出向いたのだった。
「村長さん……。クリス、様、どうにかならないのですか?」
ローブで顔を隠したアリスがそう聞いてきた。
アリスも村に帯同していた。装いは旅装束で村長には私塾の学生ということで話を通してある。アリスにはただ、演説に必要だから学生のように振る舞ってくれ、とだけ伝えてある。
ほいほいと各地へ、それもオラール領近くの村までアリスが出向くのは、相当に危険な行為だ。しかしこれもまた、決断しなければいけないことだった。
『アリスには生きることに真剣な人らの気持ちを知ってもらわなければならない』
それがユリスと共に導き出した結論で、陳腐な方法だが、知って理解してもらうには、体験させるほか思い浮かばなかったのだ。
「こればっかりは、どうにもならない」
「そっか……そう言うんならそうなんだろうね」
アリスの声は自然と暗くなっていた。
「クリス様、荷はすべて運び込みましたが、これから如何しましょう?」
馬車と俺たちの護衛についてきた兵士に「村人と一緒に街へ帰るけど、少し待ってくれ」と伝える。すると兵士はこくりと頷き、残りの兵士に待機を伝えに行った。
俺は村長の肩を叩いて話しかける。
「村長、最後に辛いかもしれないが、いつもしていることを俺にもさせてくれないか?」
「クリス様が、ですか? それにもうすぐ日暮れなので、出来ることは限られますが」
「ああ、この季節にしないようなことでも良いんだ」
「はあ。では、土づくりにクワでもふるっていただけますか?」
「ありがとう。あともう一人、この子にもさせてあげて欲しい」
そう言って、アリスの方を向く。すると、ただ演説に必要なこと、とだけ聞かされていたアリスは、『私?』といった風に戸惑いをみせた。俺が「必要だから」と頷くと、今度は『わかった』と言うふうに頷きが帰ってきた。
「別に構いませんが」
「そうか、良かった。街育ちの学生にも経験を積ませてやりたかったから」
村長は笑った。
「そういうことなら、加減はしませんよ」
それから休耕地に赴き、村長の指導の下で鍬を振るう。鍬は重く、手には硬い感触を得る。ただの土を耕す作業だが、かなりの労力を使う。普段使わない筋肉が悲鳴を上げ、体はみるみる疲弊していくことがわかった。
「学生さん、そんな屁っ放り腰では仕事になりませんよ」
村長に檄を飛ばされたアリスは息を切らしながら鍬を振り上げた。
「く、苦しい、重い、痛い!」
「村の子供ですら楽々こなしますぞ。ほら頑張って」
泣き言を言いながらも必死で鍬をふるうアリスを面白がってか、村人らが一人また一人と見物にくる。
「学生さん、こうやるんだよ。こう」
中には、わざわざ鍬をとってきてやってみせる者が現れると、次々に畑作業に村人らが参加した。
俺は手を止めて、アリスたちの様子を眺める。
暖かい空気が出来上がっているが、どことなく切ない。その理由は、こうやって村人が築き上げた村が、自らの手で燃やされることにあるのだろう。もしくは、明日への不安から今までの生活である農作業を楽しむ村人らの心情を察したからかもしれない。
どうとも言い難い罪悪感に蝕まれる。だが、囚われてはいけない。これは戦争で、生きるには、非情な決断を下さねばならないのだ。
「み、みんな、すごいね。毎日、こんなキツイことやってるの?」
アリスがそう尋ねると、村人は不思議そうな顔で答えた。
「そりゃこれだけじゃないけど、やってるよ。畑を作らないと食う飯がなくなるからさ。街育ちの学生さんも、形は違えど今日食う飯のために頑張ってるだろう?」
「う、うん。そう……だよね」
「だろ? 変なことを聞くなあ。でも、そう言われると何だか偉くなったようで気分がいいぜ」
やりとりを聞いて、俺は目標が達成されたと感じ、村長に声をかけた。
「村長、ありがとう」
「こちらこそありがとうございます。最後に良い思い出ができました」
「じゃあ、そろそろ」
「……はい」
***
燃え盛り、焼け落ちる村を後ろに、馬で帰路を辿る。後ろにのったアリスは振り返って、「毎日を生きるのってとても大変なんだね」と小さく呟いた。





