交渉
オラール家の使者は王女の存在が知れ渡った翌日に現れた。
「誘拐された王女を奪還するため宣戦布告いたします」
それが大義名分らしい。オラール公爵は、暗殺の首謀者であると疑いを持たれているため、そのイメージを払拭しようと、わざわざ正々堂々と使者を送ってきたのだった。
正直、少なくない数が公爵が犯人だと気付いているので、焼け石に水だと思っているはずだ。しかしそれでも、騎士らしく振る舞って信頼の回復に努めたいのだろう。
こちらも、誘拐したのでは、という疑念を振り払うべく、使者を丁重にもてなしてオラール家に帰した。
そしてもう一人訪問者が現れた。
「クリス様、議会の件についてですが、商人側で進めてよろしいでしょうか?」
応接室で茶を飲んでそう言ったのは、サザビーだった。
「ああ勿論だよサザビー。ということは融資の件は許可してもらえるということでいいか?」
「はい。商人らは議会が王女の名の下に設立されたことで、融資に積極的です。領民らの支持を得られなかったとはいえ、多くの商人が出してくれるでしょう」
「それは良かった。じゃあ早速頼みたいところではあるんだけれど、二つお願いがある」
「王女暗殺の件ですね、オラール家の息がかかった商会のベルメイ商会は排除しましたが、もう一つとは」
流石のサザビーだ。こちらが昨日死に物狂いで洗い出した商会を既に排除していたとは。
「それなら一つ目は大丈夫。もう一つの頼みを聞いてくれるか?」
「内容によりますが……お望みとあれば、できうる限りは致しましょう」
「最初の議会、課税の案を通す際、王女に演説させてほしい」
そう言うと、サザビーは渋面に変わった。
「演説ですか? 事実としてもう周知されています。それに前の調子では議会の進行の妨げにしかなりません。そもそも課税せずとも商人らの融資で戦争準備に使う金銭は事足りそうですが」
「そこを頼む。これはただの俺のわがままだ。それに野戦を行う可能性もないわけじゃない。だとしたら余計に金がかかる」
サザビーは「少しお待ちください」と考え込んだ。
議会さえできてしまえば商人としてはいい。それに議会に商人以外が興味を示さないのなら、民衆の意見を気にせず政策を立てることができ、それはそれで都合がいい。でも、民が興味を示してもいい。民の声がただで手に入るのだから、商売もしやすくなる。
どっちに転んでもいいが、王女にしゃしゃりでてこられることだけは困る。前の調子で気運を落とし、議会の価値が損なわれてしまうことだけは避けたい。
そんなことをサザビーは今考えていて、演説について二の足を踏んでいるのだろう。
「大丈夫、今度は確実に成功させる。最初の議会、そこで心を掴ませてみせる」
「何を根拠にそう仰るのですか。こうなることは忠告した上で交渉いたしました。議会の設立は成ったものの、今回の結果は失敗と言わざるを得ません。なにしろ支持も何も集まってませんからね」
「たしかに失敗した。でも、やり方は間違っていなかった。俺が把握できなかったのは王女様の人間性だけだ」
「人間性を理解したところでどう変わると言うのですか」
サザビーは吐き捨てるようにそう言った。
あくまでサザビーは商人。それも根っからの商人だ。幼くから親しく接してきたドレスコード領の子爵に対しても、危険があれば融資を渋る男なのである。
無理に通すか。いや、それはできない。
この男を動かすことは難しいとはいえ、無理に演説をしてしまえば、現状、議会に参加する商人を取りまとめているサザビー商会に撤退される可能性がある。そうなれば、他の商人らも手を引いてしまうかもしれない。
「わかった。演説の機会を設ける条件にお前は何を望む? 失敗したらできうる限り与えよう」
「演説を行うという意思は変わりませんか?」
頷くと、サザビーは困り果てたように肩をすくめた。
「今回の演説で民衆の支持が集まり、大々的に議会が成立するものだと期待していました。ですが、そうはいかなかった」
そう言ってサザビーは苦笑する。
「正直な所、心配事がないわけではありません。成立はしたはいいものの、存続するか不安なのですよ。なんせ、あんな騒ぎになり、民衆の中でうやむやになってしまっている所がありますからね」
サザビーの言葉を聞いて試されていたことがわかる。
もとより、サザビーは議会を確固たるものとするために、なんらかの手を打とうとしていたのかもしれない。そしてそうならば、俺の提案を聞き、演説を成功させることができるかどうか見定めていたのだろう。
「弱音を吐いたということは、演説の場を設けてくれるということでいいのかな?」
「はい。今度は私も全力でお支えしますよ」
「ありがとう、サザビー」
二人の間に暖かい空気が流れる。
何だ、商人とはいえ、やはり幼い頃からの親しい仲だ。
それからは他愛のない雑談に興じ、楽しい時間を過ごした。そして帰り際にサザビーはにこやかに言った。
「ああ、クリス様。失敗したら、できうる限りのものを頂けるんですよね? それでは、考えておきますね」
「……」
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