叙任式と現状
今、俺は王都の叙爵式に向けて、ただ踏み固められただけの道と言っていいのかもわからない道の上を馬車に乗って走っている。馬車はボコボコとした道を車輪が通るたびに大きく上下に揺れて硬い木で出来た椅子が俺の尻に深刻なダメージを与える。
我が領は、王都から離れており、王都に行くまでで非常に苦労するのだ。
ついでながら、我が領は、北部にアルカーラ侯爵の山岳地帯、東部高原地帯にピアゾン辺境伯領、西部にはオラール公爵の領地が接しており、中継地点として利用されるので運送業と街道は発展している。
そのため、街道をしっかり整備してある領内でしか移動することの無かった俺は、初めての領外の移動の不便さに辟易した。
「なあ、ユリス……もう領外に出て10日目だよ。いつ着くんだよ。それに、こんなに領の政務をほっぽり出して来るには、限界があるんじゃないかな? もう、帰ろうよ。叙勲式は王都の兄さんに任せて。ね?」
と一縷の望みを託して隣りで何処から仕入れて来たのか、フッワフワのクッションに座っているユリスに言ってみた。
「クリス様。大丈夫です。ちゃんとある程度の雑務の引き継ぎは部下に教えて来ましたから。それに、長旅もまあゆっくり寝れて悪くないではありませんか?」
「そりゃこんな環境でも、そのフッワフワのクッションさえあれば寝れるだろうけど、無いと寝れないんだよ! 振動は凄いし、床は硬いし、めちゃくちゃ疲れるんだよ! っていうかそのフッワフワのクッションどうしたの!? 一介のメイドが手に入れられる代物じゃあないだろ!」
「クリス様、誰が子爵家の財政を握っているかお忘れですか?」
「横領してるのか!?」
「冗談です。横領なんてするわけないじゃないですか」
絶対に冗談じゃないよね!?
「まあ、オラール公爵領を抜けましたので、もう王家の直轄領ですので、もしかしたら今日明日中には、着くのではありませんか?」
どうやら、この地獄の旅もようやく終わるようである。俺は安堵のため息をついた。
「さて、クリス様。今から、叙爵式における礼儀作法の指導をさせていただきます」
は?
「はははは! 礼儀作法なんてもう嫌というほどやったじゃないか、もうやらなくていいよ」
と俺は笑いながら言うと人を殺せそうな視線が返ってきた。
それから、 王都に着くまで俺は眠れなかった。
☆☆☆
「クリス=ドレスコードを第15代ドレスコード子爵に任じる! これからも王家のために忠節を尽くしてくれ!」
「ははぁ、有難き幸せ!」
ってな感じで叙爵式は呆気なく終わってしまった。王と謁見した時間は3分程度で、ただ一言、言われて返されてしまった。
こんなにおざなりな感じで良いのだろうか? 謁見の間には、王と護衛の兵士だけだったし。
帰り道、王城を完全に抜け出し、跳ね橋を通り抜けると、跳ね橋のそばでユリスが待っていた。あくまで、形式上メイドであるユリスが王城に入るのは難しいと考えられたため、城外で待ってもらっていたのだ。
ユリスと合流し、城から離れていき、ある程度離れたところで誰にも聞かれないようユリスに尋ねた。
「それにしてもユリス、聞きたい事があるんだ」
「なんでしょうか?」
「叙爵式にしてはなんかショボかったんだけど、これって舐められてるのかな?」
「それには、2つ理由があります。1つ目は、ドレスコード子爵家が舐められていること。2つ目は王家が舐められていること」
ユリスは、ぶれることのない無表情で淡々と答えた。
「いや、我が家が舐められているのは薄々気づいてたけど王家も舐められているの?」
「驚きました、クリス様が他家に舐められているのに気づいているとは……」
「まあね。メイドに当主が舐められているくらいだからね」
「世の中、少しおちゃめなメイドもいるものですね」
「本当に極悪で悪魔の化身かのようなメイドがいるものだよ」
……。
「まあ、見ず知らずのメイドの話は置いときまして、今の王家には力がありません。今、王家は王宮内で宰相達文官と王族の方々が権力争いにかまけており、非常に混乱しています。そのため、たかが子爵家の叙爵式のために王家に近づきたくない領主たちが殆どで、王家も叙爵式にかけるお金がないといったところでしょう」
王家には何の力もないじゃないか! これじゃあ諸侯を抑える力もなく戦乱の世の中寸前じゃないか!
その後も王家についての話を聞いていくと、10年以内には王家が滅び、群雄割拠の時代になることも間違いは無さそうだ。このままじゃ大貴族に囲まれている家は格好の獲物じゃないか!?
「ユリス…もしかして、うちって危ない?」
俺は、恐る恐る尋ねた。
「ギリギリまでクリス様にお仕えして差し上げますね」
今まで見たことのない優しい顔でユリスは言った。