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完成

 

 ミストの乗った馬車を見送り、領主館内に入る。


「つつがなく済みましたでしょうか?」


 玄関で待っていたユリスに尋ねられた。俺は頷いて答える。


「うん、食料も護衛も問題なし。ピアゾン領には無事帰れると思う」


「これで一安心って場合ではありませんよ」


「ああ。ここからだ」


 俺はユリスにそう告げて、ハル達の待つ執務室に向かう。紙の擦れる音、ペンを走らせる音がドア越しに聞こえてくる。扉を開いて中に入ると、インクと紙、煙の匂いでむせかえる。部屋の大部分を占める長机には、書類の山が複数できており、多くの文官達が書類にペンを走らせていた。一番奥の机の上には天井まで届きそうな程の書類の山が二つあり、今にも死にそうな顔でハルが書類とにらみ合っていた。


「大丈夫?」


 俺が声を発しても、誰もこっちを向かない。完全に集中しており、声が届いてないようだ。


 俺も倣って仕事に集中することにする。空席の椅子に座り、机の上に置いてあった書類に取り掛かる。ミストの見送りのため、少しだけほっておいたので、内容の把握からやり直した。


「クリス様、これはどうします!?」


「それはこっちに!」


「見積もりが出来ました!」


「すぐに回して!」


 忙しさと慌ただしさに全員の口調が激しくなる。そんなピリピリと肌がひりつくような環境で、ずっと会議の準備をしていると、メイドからサンドイッチが運ばれてくる。メイドは全員の所に皿を置くと、最後に俺の元に皿をおいた。そして、「ユリス様から」と報告してきた。


「通常業務に滞りはありませんので安心してください、との事です」


 普段の業務は全てユリスが担ってくれていた。通常、この部屋の全員で行うような仕事を一人でこなしてくれる事に、感謝と畏敬の念を覚える。


「ありがとうって伝えといて。あと君もありがとう」


 俺がそう言うとメイドはぺこりと頭を下げて部屋から出て行った。


 通常業務はユリスが、食事はメイド達が支えてくれる。調べ物はこの部屋の人間と、私塾の学生達が頑張ってくれている。子爵家の全員が必死で働いているのだ。


 忙しく、少し休めば意識が飛びそうだが、泣き言を言っている場合じゃない。


 自ら頬を叩き、より一層集中して書類に向かい合った。



 ***


 最後の書類を作り上げ、ペン立てにペンを戻す。


 窓の外は真っ暗で時刻は既に深夜に変わっていた。室内は沢山の蝋燭で橙に染まっており、顔色が悪い文官がボソボソと夜食のサンドイッチを頬張っている姿がある。ハルは椅子の上で天を仰いでおり、空いた口からいびきを出していた。


「終わった、終わったよ……」


 俺がそう言うと、文官達は一斉に顔をこちらに向けた。


「クリス様、もう情報の不備や、必要な資料は?」


「ない。大丈夫、全部の作業が終わったよ」


 そう言うと、皆が目を輝かせて歓喜の声をあげた。その声量に驚き、ハルが椅子から転げ落ちた。


「ど、どうしたんだ!?」


 腰をさすりながらフラフラと立ち上がったハルに、声をかける。


「終わったよ」


「ついにですか?」


「うん」


 そう言うと、ハルは脱力感のある笑みを浮かべ、へなへなと椅子に座り込んだ。


「よ、良かった」


「ハル、安心してる所悪いけど、俺とハルは会議が残ってるから」


 そう言うと、げんなりとした表情を向けられる。が、無視して、俺は文官達に目を向ける。


「皆は、今日はもう寝てくれ。あーでも、その前にこのことを子爵家の人間に伝えてくれる?」


 文官達はこくこくと頷いて、急いで部屋から出て行った。


 どれほど、早く眠りたいのだろうか。苦労をかけた事に申し訳なくなる。


「ハル? このまま会議を開く?」


 俺がそう言うと、ハルは真面目な顔で首を振った。


「すいません。これだけ意識が飛びそうな状況で、滅ぶか滅ばないかを決める会議をやれないです」


 俺はハルの言葉に頷いた。


「わかった。ハル、明日……と言っても今日会議を開くからその心算で」


 ハルが頷いたので、俺は部屋から廊下へと出た。


 歓喜の声や安堵の息が、館内の至る所から聞こえる。


 子爵家総動員で手に入れた情報と対策案だ。適当にして、無駄にしてはいけない。


 さあ、次は子爵家の運命を決める会議だ。


 自然と気合が入るが、疲労と睡魔に襲われ、ベッドに倒れた瞬間、意識が遠のいた。

3巻出てます。書籍版でも、きゅーあーるコードで特別ss読めるっぽいです!

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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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