ミストも帰宅
3巻早い所では発売されているそうです。よろしくお願いします。
クレアに色々と吸い取られ、へたってしまっていた。だがいつまでもそうしている訳にもいかず、仕事に取り掛かる。
ユリスから上がってきた報告書から、計画の資料をすぐに作る。再びユリスに回して、確かめてもらう。今度はハルにまとめてもらった資料について同様の作業を行う。ユリスから返ってきた資料に情報の不備が見つかるが、不足した情報は上がってきておらず、急いでハル達に収集するように指示を送る。待ち時間に、文官達が行う通常の業務を引き受け、情報が来る前までに終わらせる。
そんな作業を繰り返し、オラール家への対策を進めていると、日は既に暮れていた。どうやら今日中には終わりそうもない。
ああ、要領が良くない。もっと効率よく進められる形を考えないと。
そう思うが、慣れない事は多忙な時にすべきではない。今はこの形のまま急ぐのが最善だろう。
メモにその旨だけ書き残しておき、素早く資料作りに戻る。再びペンを走らせていると、忙しなく廊下を歩く音が聞こえてきた。足音が部屋の前で止まるとすぐに、扉が開かれた。
「クリス様、夕食になります」
ユリスが皿を乗せたトレイを持って部屋に入ってきた。
「もうそんな時間?」
ユリスは「はい」と答えて、机の上に皿を置く。皿の上にはサンドイッチが乗せられており、片手でポーカーができるように片手で仕事ができる夕食だ。丁寧に手が拭けるようのナプキンまで用意されている。
「ねえ、ユリス? 今朝も昼もサンドイッチだったと思うんだけど……」
「早く別のものが食べたいですね」
「いや、ユリスがメニューを決めてたと思うんだけど……」
「それが何か?」
「……ごめん」
俺はこれ以上突っ込んで、虎の尾を踏まないように謝っておく。
「それと子爵家宛に手紙が届きましたので」
そう言ってユリスは手紙を差し出してきた。
受け取って眺める。封をする蝋にはピアゾン家の家紋が押されていた。
ミスト宛だろうか。そうだとしたら、なぜ、ミストが無事で、ドレスコード領内にいると知っているのか。
疑問を抱えたまま、封を開けて中身を取り出す。内容は、数週間前に、国境近くの帝国領で臨時の課税が行われた、とのことだった。ミストの名前などはなく、周辺諸侯に向けての警戒を促すことが目的のようだ。
ただ、険悪な状況にあるアルカーラ家にも手紙を送っている、と書いてあり、ミストの行方を知りたがっている節も感じられる。
「内容は?」
「帝国領で臨時の課税があったって」
「帝国側も動く準備を始めているようですね」
ユリスはそう言って「どうされますか?」尋ねてきた。
「取り敢えず、ミストに手紙を持っていってから考えるよ」
***
ミストが泊まっている部屋の前に立ち、扉をノックする。返事が来たので、扉を開いて部屋に入った。
燭台に灯した炎がぼんやりと光を放ち、室内は顔が見える程度の明るさを保っている。ベッドに腰をかけたミストは、手で髪を抑えている。さっきまで眠っていたのか、手からはみ出た髪が跳ね上がった。
「何かな?」
「そこまで髪を気にしなくても」
「じゃあ、夜に突然女性の部屋にこないで欲しいなあ」
「そ、それはごめん」
俺がそう言うと、ミストは髪から手を離して笑ったので、からかわれたのだと理解する。上手く嵌められたようで、何となく悔しい。
「それで、クリス君は何の用で来たのかな?」
「夜這いに」
仕返しでそう言うも、ミストは「じゃあしよっか」と笑って返されたので、諦めて本題に入る。
「ピアゾン伯家から手紙がきてさ」
「うちから?」
俺はミストに手紙を渡す。するとミストは立ち上がり、燭台の元へと歩き手紙に目を通した。
「なるほどねえ。早く帰ってきてって、催促されているみたいだ」
「ミストがここにいるとわかって?」
「多分ね。学園から逃げる手段は用意してたから、皆は私が油売っているせいで、中々帰ってこない、と思ってるんじゃないかなあ」
「で、手紙を送ったってことは、待ちきれなかった、ってこと?」
尋ねるとミストは頷いた。そして「情けないなあ、もう」と言って、俺に目を合わせてくる。
「クリス君、すまないけど、私も帰らせてもらっていいかなあ?」
「体調は大丈夫?」
「うん、もう元気だよ。それに馬車に乗って帰るだけだから」
体調に問題がないのなら、俺が止めることはできない。
ミストには周辺諸侯を纏めて、帝国が差し向けてくる軍を阻んでもらわないといけないのだ。本音を言うと、会議には参加して欲しかったが、無理を聞いてもらって準備を遅らせるわけにはいかないだろう。
「わかった。多分、今日は無理だろうけど、明日には出発出来るよう準備するよ」
「急にすまないね」
「大丈夫。ミストがいると嬉しいけど、家の人間も優秀だから多分何とかなるよ」
「曖昧だなあ」
ミストはそう言ってからからと笑った。
それから何でもない言葉を少し交わしたのち、俺は「じゃあ伝えないといけないし」と告げて、ミストに背を向ける。すると、服の裾を掴まれた。
「どうかした?」
「……もう行くのかい?」
ミストが上目遣いで切なそうな瞳を合わせてくる。しかしすぐに裾からパッと手を離して笑った。
「あはは。なんて、冗談だよ。ドキドキした?」
「冗談じゃない癖に」
ミストの顔がみるみる赤に染まっていく。ついにはミストは俯き、少しして「……仕返しかい?」と伏し目がちな目を向けてきた。





