王女2
会議を終え、各々が室内から出て行った。
俺は最後に部屋から出ると、廊下の角を曲がるアリスの背中をちらと捉えた。
アリスが進んで行った方向は、貸している客室と別方向だ。道がわからないのか、それとも別の場所に用があるのだろうか。さっきの不安感がまたも湧き出して、何か変なことをしないだろか、とつい邪推してしまう。
結局、不安と心配心に負け、アリスについていくことにした。
廊下を曲がり、階段を降りる。アリスが玄関の扉の前に立った時に追いつく。
「外に出たいの?」
後ろから声をかけると、アリスはびくっと跳ねて振り返った。
「ク、クリス!? 居たの!?」
「ごめん、ついてきた」
「つけてきたの間違いでしょ!?」
突然声をかけたせいで、驚いたのか、アリスは息を切らしてそう言った。
まあ、アリスの言う通りであるが、『い』と『け』の違いは大きい。少し傷つくものがある。
「で、外に出たいの?」
「うん、ちょっと外に出たくて」
「どうして?」
「う〜ん、なんとなく?」
アリスの言葉から裏は感じられない。本当にただ外に出たいようだった。
オラール家がアリスを捜索している状況で、外に出て、もし公爵側に見つけられたら、と思い、外出は控えてもらっていた。だが、ずっと室内にいたら気が狂いそうになるし、押し込めておくのも可哀想だ。
「わかった。ちゃんと警備もいるけど、あんまり遅くまで出ないようにね」
「うん……あ、あ待って!! クリス時間ある!? と言うか、つきあってくんない!?」
急に焦ったアリスに首を傾げる。
「別に良いけど、どうかした?」
「い、いや別に怖くないんだけど。一人で外にいたら、お化け、じゃなくて暇じゃない!?」
ああ、そう言うことか。さっきまで一人で行こうとしていたのに、急に何で? とは思ったが、気にせずつき合うことにする。
玄関を出て、庭へと進み、テーブルセットに座る。
白月の光が雲一つない空から降り注ぎ、辺りは薄らと青い。領主館の窓から漏れ出す橙色が庭の芝に落ち、柔らかな風が吹くたびに影が動いている。音はささやか、あたりの雰囲気も静かだ。
アリスも俺も無言だったが、嫌な空間ではない。それどころか、むしろ心地よさがある。
「あのさ、クリス。ちょっと相談いい?」
しばらくして、アリスにそう声をかけられた。
「いいよ。何かあった?」
俺がそう聞くと、アリスは「別に大したことでもないんだけど」と前置いて言う。
「どっか現実感がないんだよね」
「王様が暗殺されたこと?」
「うん。父様のことが好きだし、もっと泣くと思ってたんだけど、ああ、そうなんだ。くらいにしか思えなくて」
アリスの口調も声のトーンもいつもと変わらない様子で、本心でそうなのだとわかる。
「本当に現実感がない? 泣く人間じゃないとかでなく?」
「う〜ん。遠回りになるけどいい?」
俺は頷く。すると、アリスは語り始めた。
「ほら、私ってさ、王女だけど、特に取り柄も何もないし。色々なことも考えてもわかんないんだよ。どこかで自分のことを諦めてるのかなーって」
「って言うと?」
「ほら、私、クレアみたいに強くもないし、ミストみたいに頭も良くない。クリスも優秀だけど、私には何もない。王女って肩書きだけ」
俺は「いや、優れては」と言うと、「学年で1位だった人間が何言ってんの?」と睨まれたので、口を塞ぐ。
「でね、むしろそれがダメなのかも。何もないのに、王女だーって扱われてさ。自分は大層な人間でもなんでもないのにね」
アリスは自嘲気味に笑って続ける。
「物語で良くあるようなべたな女の子なんだよ。だから子供の頃の私は、王女扱いが嫌になって、隠れて城下町に降りてたんだと思う。兄様も姉様も外国に行っちゃって、親しく接する相手がいないから特にね」
「アリス、大人になった?」
「え、えっち!! なんでこのタイミングで!? 夜だから!? 夜だから抑えきれなくなっちゃったの!? この、フクロウ、ネズミ、タヌキ、クリス!!」
「違う! 精神的な話! 夜行性動物に混ぜないで! っぽく聞こえちゃうから!」
アリスは責めておきながら「そ、そう言うことか……」と少しがっかりした後、落ち着きを取り戻して言う。
「私もさ、山道を進みながら色々考えてたんだよ。だからクリスはそう思うのかも」
こんこんと咳をしてアリスは再び口を開く。
「話を戻すけど、そんなある日、城下町でクリスに会った。またベタな話だけど、普通に、雑に接してくれるクリスの事が好きになった。あっ、本当の私を見てくれてる、って思ってさ」
顔が熱くなる。ただ、アリスの顔は真面目なままなので、我慢して黙って聞く。
「そっからはまあ、言葉があってるかわかんないけど、クリスに依存してる。だから私はクリスについてきたんだよ。我ながらベタだよね。本当に、普通の女の子だあ、って思うわけ」
「そんなことないと思うけど。俺にとっては特別だし」
「クリス、それはキモいよ……」
「酷い! 真面目な雰囲気だったから言っていいと思ったんだよ! 語ってるアリスも十分痛いだろ!」
「な、何!? いいじゃん! 語らせてよ!」
それから二人揃って「ま、いいけどさ」とつぶやいて笑った。
「でさ、ちょっと冗談に逃げちゃったけど、私はそういう普通の女の子なんだよ。だからもっと泣いてもいいんだろうけど、どうしてもさ、現実に起こってることとは思えなくて」
そしてアリスは美しい水色の瞳をまっすぐに向けてきた。
「なんでなんだろうね?」





