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ミストの容態

 

 俺は川沿の林の中に身を隠し、町の様子を眺めていた。


 夕陽が遠くの町へと沈み込もうとしている。赤い屋根は更に赤く染まり、壁は影に真っ黒に塗られている。そんな家々が連なってできた町並は、大きな影を草原に落としていた。


 町を射抜くように伸びた街道に目を向ける。土が踏み固められただけの粗雑な街道を東に進めばドレスコード領につながる。1時間程度歩ければ、無事ドレスコード領に辿り着く。


 早く帰りたい、と気が逸った時、背負っているミストの荒い吐息を感じた。


 肩に顎を預けてきているミストを横目でみる。顔色は土気色で、生気が感じられない。汗が流れ続けたせいで、顳顬から頬にかけては赤く腫れている。荒く小さい呼吸を頻繁に繰り返しており、容態が悪化していることは言うまでもない。


 途中休憩しながら歩いてきたのだが、それでも無理に体に動かしたことには違いない。長時間、振動と圧迫による、大きな負担をかけてしまった。


 二日間に分けて進めば、良かったか。後悔の気持ちが湧き出してきて、自分の能力のなさに唇を噛みしめる。そして、自己嫌悪の気持ちが加速し、さらなる自己嫌悪に陥る。


 しがらみを捨てなければ、また同じことの繰り返しだ。誰一人として選ぶことができない。


 歯を立てた唇から血が出て、目元が熱く震えてきた。


 ダメだ。こんな所で立ち止まっていられない。


 内心首を振り、前を向く。そして、町に近づく為、身を隠すように林の中を歩き続ける。


 完全に夕陽が沈み、辺り一帯が暗くなった頃、ようやく町の前まで辿り着いた。


 念のために、電柱の影を移動して追跡する探偵のように、林の中に身を隠しつつ歩いてきた。だがこれから先は、草原が広がっており、その先に町がある。


 オラール家は、まさか自分たちの領を通って帰るとは思っていない筈。それに、最も近い町に立ち寄るなんて尚更だ。今頃、他領や王族側の貴族の領に警戒を強めて焦っているに違いない。


 だから身を隠せなくても、それほど心配することではない。そう考えていたが、今までの自分の間抜け加減を思い出すと、不安になってくる。


 何も考え自体に間違いはないし、正しい推測だ。なのに二の足を踏んでしまうなんて、と自尊心の低さが招いた臆病さを嘆きたくなる。


 不安を拭いきれず、どうすべきか考えていると、町から松明を持った人が出てきた。鎧を着ている所を見ると、どうやら兵士のようだった。


 松明を持った兵士はどんどん増え、十数人と膨れ上がり、やがて、ばらばらに別れ、町の周囲を回るように歩きはじめた。


 心臓が跳ね、悪寒が走る。


「……警戒されているのか?」


 つい独り言が漏れた。


「私も巡回しているように見える」


 俺の独り言に、クレアは潜めた声で同意した。


「ど、どうしよう!? こっちに来るかな!?」


「アリス、静かに。少し様子をみよう」


 俺は人差し指を唇の前で立て、アリスにそう告げた。そして、ミストを近くの木の幹に寄りかかるように下ろし、身を伏せて様子を伺う。


 兵士達は複数人に分かれ、町の外を巡回している。何周もぐるぐると回っており、明らかに外から入ってこないか警戒していた。


 疑惑が確信に変わった。


 俺たちを探している。


 兵士の着ている鎧は正規の頑強なものだ。その上、数も少なくない。明らかに主戦力を向けてきている。オラール領を通ると分かりきっていたような力のさき方だ。


 乗り捨てた馬車が見つかったか? 


 乗り捨てたのは王都近くの森の中だぞ。大切な移動手段を早々に乗り捨てた、と考えて捜索するわけがない。ならやはり、最初からオラール領方面に絞って捜索していたと考えられる。


 兵士の数を考える。数は、多くも少なくもない、十数人程度。交代を想定すると二十くらいか。小さな町の見張りをするには適切な人数と言える。つまりそれは、オラール家が抱える兵士の中から、人員を厳選して送り込んだということに違いない。


 やはり、最初からオラール領に絞り、早い段階で馬車を見つけていたんだ。そうでもないと、各方面の捜査に人を割いてからでは、適切な配備をする時間はない。


 自分達の行動が読まれていた。


 身が震え、恐怖を覚える。だが、不幸中の幸い。どうやらオラール家は、この町に立ち寄るとは分かっていなかったようだ。


 外を回る松明は見えても、町の中はそう明るくない。松明を持って巡回するなら、家の壁や屋根が照らされ、明かりが動いて見える筈だが、町の様子は変わらない。つまり、町の中は調べていないことになる。


 だとすると、町を拠点として捜索をしている、と考えられる。


 けれど違和感が拭えない。だったら何故、町の周りのみを奴らは巡回しているんだ?


「クリス、ミストが何も反応しない」


 その時、アリスが服の裾を引いてきた。


 目を向けると、ミストは気を失い、力の抜けた人形のように倒れていた。


 ミストに駆け寄って、呼吸と脈を確認する。くっ、どちらとも弱々しい。


 どうしようもない程の恐怖と寒気に襲われる。


 火を焚くこともできない今、こんな所で野ざらしにすれば死んでしまう。


 俺は再び町の方へと目を向けた。


 行くしかない。


 拠点としているのならば、医療用の道具や薬も確実にある筈だ。

次回は火曜日20時です。平日は20時投稿になります。

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コミックス2巻6・26日に発売ですよろしくお願いします>
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